第40話 怪盗はやっぱり死ぬかもしれない(五)
ミスらしいミスをした覚えはない。つまり、ガニーは執念で、誰もが見逃すような微細な証拠から、執拗に調査して追ってきた可能性が高い。
ガニーの能力を侮った。病院に入院して、偽名でホテルに潜伏していなかったら、危険だったかも知れない。等々力はすぐに左近をホテルに呼んだ。
左近がやって来ても、ドアをすぐに開けなかった。扉に付いている金具でドアを完全に開かないようにして、付近を確認してから、入れた。
左近は全く怯えた様子がなく、呑気にホテルの部屋を見回した。
「値段の割に広い部屋ね。いいとこに隠れていたわね」
等々力は怯えを隠さなかった。
「どうして、軍曹に俺の情報がばれたんですか」
左近が手近な場所にあった椅子に腰掛けて、他人事のように評した。
「それは、本人に聞いてみないとわからないわ。でも、見事な手並みだわ。流石は犯罪のプロね」
「そんな感心しないでくださいよ」
左近が展開を予期していたように提案してきた。
「いいわ。とりあえず、新しい家をまず探しましょう。いずれ、ここもばれるわ」
ガニーがどこまでも追ってくるなら、家を換ても問題の解決にならない。もっと根本的な解決方法が必要だ。
「新しい家を見つけても、そこもすぐに、ばれるかもしれないでしょう。左近さんなら、軍曹の組織に話をつけて、狙わないようにしてもらう段取りは、できないんですか」
左近が渋い顔で、探るように聞いてきた。
「実は、軍曹が等々力君の家に侵入した日には、軍曹の組織に話を持っていったわ。でも、組織の話では、軍曹と連絡がつかないそうなのよ。これは、完全な私怨ね。等々力君、軍曹に何か激しく恨まれる行為をしたんじゃないの」
心当たりはある。橋の上の「僕はお前を忘れない」の一言が余計だった。一言は窮地を救ったが、さらなる窮地を呼び込んだ。
「私情で戦争はしない」と公言していたガニーが、私怨で動いているとなると、厄介な問題だ。
等々力は頭を抱えて零した。
「ああ、もう、こうなったら、俺が影武者を欲しいよ」
左近がすぐに軽口を叩いた。
「仕事の依頼なら歓迎よ。等々力君が依頼人なら、紹介者も要らないわ」
等々力は左近の態度に苛立ち、食って掛かった。
「ふざけないでくださいよ。どうせ、影武者やるのは、俺なんでしょう」
左近は当然というように返した。
「そうなるわね」
「なんで、俺が金払って、俺の影武者をしなくちゃならないんですか」
等々力はそこで逆転の発想を閃いた。
「いけるかもしれない」
左近が怪訝な顔をした。
「俺が俺の影武者やるんですよ。ミステリーにあるでしょ。最初の被害者が実は犯人だった、っていう結末が。今回は逆バージョンです。犯人だと思って追っていたら、最初の被害者に辿り着いたと、なるんですよ」
左近はわからないと言った表情で確認してきた。
「ちょっと待って、等々力君。それ、同じ意味よね」
「全然、違いますよ。つまり、軍曹が等々力を追っていたら、実は発覚してない最初の事件での被害者が、等々力だったんです。そうして、等々力は既に死んでいた、となるんですよ。等々力が死んでいたとなれば、軍曹の捜査は行き詰って、終わりです」
左近が首を傾げて評した。
「なんか、わけがわからない事件ね」
左近の態度を見て、思いつきの作戦はうまく行く気がしてきた。
「いいんですよ。それで、騙そうとしている本人すら、全容がわからない事件になるんです。騙される軍曹は、もっとわけがわかりませんよ」
左近は、事件の全体像が把握できずに結果が予測できないせいか、全く乗り気ではなかった。
「そんなに、うまくいくかしら」
「もう、やりましょう。俺が俺に影武者を依頼する状況ですが、お金を払いますよ。だから、偽装工作を手伝ってください」
左近が「お金を払います」の言葉で、がらりと態度を変えた。
「お金を払うなら、いいわよ。正式な依頼として受けましょう。料金は三百万ドル」
「高! 露骨に足元を見ないでくださいよ。知り合いでしょう」
左近はすぐに値引きに応じた。
「じゃあ、二百万ドルでいいわよ」
「まだ高いですよ。俺のギャラの分は、引いてください」
左近が呆れた顔で妥協してきた。
「命が懸かっている割には、価格交渉を粘るわね。社員割引ってことで、百万ドルでいいわ。ただし、経費が多く掛かった場合は、別に貰うわよ」
二百万ドルが半額になった。だが、半額トリックだ。半額にしておけば、今後のギャラの交渉が発生しても、きちんと半分を渡していると言い張れる。
とはいえ、次の山で失敗すれば、今度こそ死亡なのだ。これ以上の駆け引きは無謀だ。あまり値切りすぎて、手を抜かれても困る。
「お願いします。やりましょう」
こうして、世にも不可解な、『俺が俺の影武者で、犯人も俺だが、実は最初の被害者も俺だった』という、俺という単語がやたら付く、何が何だかよくわからない『オレオレオレ作戦』が始まった。
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