第39話 怪盗はやっぱり死ぬかもしれない(四)

 気が付いた時には病室のベッドの上だった。個室だったので、周りには誰もないなかった。エアコンが効いており、暑くも寒くもなかった。ボーッとする頭で考えた。


 全てが終わった。車は炎上したので、中にいた左近の生存は絶望的。さすがに、死亡はお気の毒だとは思うが、これで解放された。


 手元には約六百万ドルがある。結果を見れば、とても幸運だ。六百万ドルあれば、利子だけでも充分に暮らしていける。


 左近が病室のドアを開けて普通に入ってきた。

 幸福な時間は、五分と続かなかった。


 左近がベッドの脇に椅子を出して座り、さほど感慨もなく、平然と祝いの言葉を述べた。


「まずは、生還おめでとう」


「貴女には死んでいて欲しかった」と心の中で思っても、さすがに面と向かっては、告白できない。


 代わりに「左近さんも無事で、よかったです。てっきり亡くなられたものかと思いました」と口にした。


 等々力が本当にいいたい言葉を理解しているような口振りで、左近が返してきた。


「死んだと思った? 残念だけど、あれくらいで死んでいるようなら、この業界では生きていけないわよ」


 等々力は漠然と左近の存在を次のように思った。


「ガトリング・ガン片手で振り回して、ロケット・ランチャーで武装しているマッチョな主人公が活躍するゲーム。そんな主人公ですら、何度も死ぬ危険な街にハンドガン一丁でやってきて、主人公の前に無傷で現れては謎のメッセージを残して消える。そうして、エンディングでは、ちゃっかり主人公と一緒に脱出する脇役みたいな人だ」


 等々力が黙って左近を見ていると、左近が聞きもしない説明をしてくれた。


「作戦が変更になったでしょ。柴田さんから状況の説明を受けたアシスタントのペアが、モーター・ボートで橋の近くまで移動して待機してくれていたのよ。そしたら、橋の上で事件があって、何か大きな物体が河に落ちる音がしたから、回収してくれたの。暗い中だから、時間が掛かったけどね」


 左近の説明には、腑に落ちない点があった。河は上から見ても真っ暗だった。流れも速かった。


 アシスタントが二人組でプロのダイバーでも、そう簡単に見つけられたとは思えない。


 そういえば、旅行代理店に移動したときも、待ち伏せされた。まさかとは思うが、知らない間に体に発信機でも埋め込まれたのか。


 高性能で小型の発信機があった。だから、プロのダイバーは手間取ったが、流される等々力を発見できたと考えたほうが、合理的な気がする。


 等々力が黙っていると、左近が「次の仕事だけど」と切り出したので、すぐに断った。


「さすがに、少し休ませてくださいよ。働きづめですよ。このままだと、体を壊します」


 左近は「わかったわ。仕事は少しの間、入れないわ」とすんなり引き下がった。

 左近が帰ると、病院のMRIが開いているのを確認した。


 退院日に人間ドック扱いで、MRIを撮ってもらった。


 どこが、悪いわけではない。だが、これで体に小さい高性能発信機が埋めこまれていても、MRIの強い磁力で破壊されるはずだ。あとは、適当に結果を聞き流して、カードで入院費を払って退院した。


 そのまま、家には帰らず、下着をデパートで買い、偽名を使って、一泊四万円の部屋を借りた。食事の時以外、部屋から出ず一週間ほど、部屋に篭った。


 もう安心かなと思ったタイミングで、フロントから「左近様からお電話が入っていますが」と電話があった。


 左近がどうやって、等々力の位置情報を確認しているかが、不安になった。こうなってくると、CIAが出てくるハリウッド映画のように、軍事衛星で監視されているではないかとすら想像する。


 諦めて電話に出た。

 開口一番、左近が告げた。


「等々力君の家に泥棒が入ったわよ」


 いいことばかり続かないものだ。とはいえ、お金は全部、裏のプライベート・バンクに預けてある。表の銀行や郵便局の口座にもお金はあるが、裏で溜めたお金に比べれば、微々たるものだ。


 盗まれて困るのはパソコンくらいだが、パソコンは三年落ちなので、大して値段にならないから、持っていかれてはいないだろう。


 左近が言葉を続けた。


「泥棒は単純な、物取りではないみたいだから、家に帰らないほうがいいわよ。お金があるから、家を買ったほうがいいわね。登記とか、面倒な作業は私が手伝うから」


 等々力は深刻な事態に思えなかったので、軽くこたえた。

「たかが、泥棒に入られたぐらいで、家を買えは、オーバーですよ」


「そう。なら、いいわ。でも、何か問題があれば相談に乗るから電話を待っているわ」


 左近が電話を切ると、等々力は心配になり、切っていた携帯の電源を入れた。

 少しすると、バイブ機能になっている携帯が揺れた。電話は携帯電話会社の伝言預かりサービスだった。


 伝言は驚くことに、ガニーからだった。

「お前、等々力と言うそうだな。突き止めたぞ。今度は必ず、地獄に送ってやる。これは俺自身の戦いだ」


 すぐに、携帯電話の電源を切った。

 天国から地獄だ。一気に頭の先から爪先まで冷えた。ガニーは、手段が不明だが、一週間の間に等々力の正体を知り、家まで突き止めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る