第27話 読み合いの末に(四)
三日後、移動する車の中で初めて仕事の裏事情を聞いた。
*
リーは、ホテルに来たIT企業の役員を狙っている。暗殺対象となった役員は、身を守るために、狙撃に来るリーの殺害をガニー依頼。
だが、真実は違う。リーが引き受けた仕事は、ガニーを誘き出すための罠であり、企業の役員は偽者。役員はリーと通じている。ガニーがリーを狙撃する情報は、リーに漏れている。
*
左近と等々力は清掃員に化けて、待機するビル一室に入った。リーの影武者として役員を狙える位置に、等々力と左近は向かった。
リーに陣取るように指定された場所は、空室になっている一千㎡の広いオフィス。
綺麗に清掃されたオフィスには、頑丈なスチール製の机が窓から二m離れた場所に一脚だけあった。机の高さはドラグノフを伏せ撃ちするにはちょうど良い高さ。準備段階として、リーの組織が用意してくれた物だ。
窓からは街に沈む夕日が見えた。役員が食事会に来るレストランはビルの十二階。
距離は等々力のいる場所から直線で百八十m。街中のビルが立ち並ぶ場所なので、天候がよくても、風はビル風が吹くので強目。
役員が来る時間帯には陽は落ちているので、狙撃条件は今より悪い。とはいえ、鷹の目の異名を取るリーなら、それほど難易度が高い狙撃ではない。
ガニーに狙撃された事態を考慮して、ボディ・アーマー、ウィッグの下に被れる金属のヘルメットを左近が用意してくれていた。防具を付けたほうが、生存率が上がる。
ボディ・アーマーやヘルメットは今回の前提条件では、リーなら装着しない。
等々力の本音としては装備したかったが、纏ったリーの空気が拒否していた。勘でしかないが、重たい装備を付けるより、リーになりきったほうが生存率が高い気がした。
等々力は「必要ないね」とリーと同じ広東語のアクセントが混じった日本語で左近の用意してくれた装備を断った。「これだけあれば充分よ」と、リーの髪型をなぞったウィッグのみを被った。
左近からドラグノフの入ったケースとマカロフPMを受け取った。最後にインカムを左近が差し出して教えてくれた。
「これで貴方の状況が、私にもリーさんにもわかるわ。何か異常があったら、連絡して。リーさんからの通信も入るから。リーさんから指示があったら、従って」
インカムを装着して、気持ちを等々力に戻してから、リーに尋ねた。
「念のために確認しておきます。軍曹はリーさんの顔を見た過去がないんですよね」
「銃撃戦の中で二言か三言、言葉を交わしたり、電話で話したりした経験はあっても、顔を合わせて記憶はないね。実は私も、軍曹の顔は写真でしか見てないよ」
左近が去り、日が暮れてきて、暗くなった。あちらこちらのビルに灯りが点き始めた。
等々力は机の陰に隠れ時間が来るのを待った。
日が完全に暮れた。時計を確認すると、ターゲット役の人間がやって来る時間になっていた。
おもむろにドラグノフを取り出して、狙撃準備に懸かった。狙撃準備をしていると気管支に粘性の高い気体が詰まるような嫌な感じがした。
等々力は正直に心境を告白した。
「なんか、嫌な予感がするある。喉の辺りの空気詰まって、苦しくなるような、嫌な感じある」
等々力の言葉に、すぐにリーが反応した。
「それ、まずいかもしれないね。私に危険が近づいた時、そんな感じするね。作戦中止するあるか?」
リーから作戦の中止を進言してくれるのは嬉しい。されど、リーが親切心で中止を申し出たのではない下心は、理解している。リーは前日のスーパー・ショットを見ている。
リーにしてみれば何か理由をつけて、等々力に貸しを作っておきたい。それでもって、リーですら不可能な、もっととんでもない仕事に等々力を投入したいのだろう。
冗談ではない。そんな手には乗らない。
等々力は陽気な声で返事した。
「心配無用ね。仕事が危険なの、いつも一緒よ。私どんな、危険な仕事もこなしてきたね。今回も任せるよろしい」
リーが陽気に応答してきた。
「そうか、なら任せるね。でも、お前と話していると、なんか妙な感じするね。まるで、自分の家に間違って電話したら、いるはずない自分が出たみたいね。奇妙は感覚あるよ」
役員が到着予定の十分前になった。左近から「役員がビルに入るわよ」の合図があった。どうやら、少し予定が早まったらしい。それでも、想定内だ。
スコープを付けて、机の上に伏射の姿勢で役員を狙撃準備に入った。
勝負の時間が来た。役員を狙う姿勢になったので、予定ではガニーもこちらを探して、狙撃体勢に入っているはず。
いつ弾丸が飛んできてもおかしくなかった。とはいえ、等々力のほうからガニーを探す動作をすれば、囮作戦がばれる。
(リーさん、早く、軍曹を見つけてくれ)
ガニーにいつ狙撃されるかもしれない状況下で、リーが早くガニーを見つけて狙撃してくれるのを待った。役員が席に座った状況が、スコープ越しに見えた。
インカムから「おかしい、軍曹、見つからないね」と焦ったリーの声が聞こえてきた。
次の瞬間、等々力の背筋に悪寒が走った。等々力の体を纏ったリーの空気が体を動かした。
等々力はドラグノフを放棄して、机と窓の間にある空間二mの空間に体を落とした。オフィスの入口のから、けたたましい銃声が聞こえた。
ガニーが現れたと予感した。作戦が漏れていた。でなければ、ガニーが狙撃場所であるオフィスに、タイミングよく現れるわけない。
等々力は目を瞑って、耳を覆った。目を閉じても、強烈な光を瞼越しに感じた。耳を覆っても大きな音がした。
すぐにマカロフPMを抜いた。机を遮蔽物にして、入口に向かって狙いをつけずに発砲して身を隠した。お返しだとばかりに、連続した発砲音が入口からあった。
銃声が止むとガニーの声がした。
「今日こそ決着を付けようか、リー」
作戦が漏れていたらしいが、全てが漏れていたわけではないらしい。でなければ、等々力のいる場所ではなく、リーが隠れている場所に現れるはず。
等々力が装着するインカムから聞こえる音を拾ったのか、リーが状況をすぐに理解した。
インカムの向こうから、無念だといわんばかりのリーの声がした。
「ダメある。ここからでは、軍曹、見えないあるよ。もう少し、窓側なら狙えるのに」
オフィス入口から机の場所まで四十m。
リーに教えられた狙撃の知識が脳裏に蘇った。リーのいる位置を考える。軍曹が入口からあと十m近づけば、リーからでも見えるはず。
無人のはずのオフィスの電気が点灯した。左近がビルの管理フロアーから、遠隔で電気を点けてくれたのだろう。明るければ、それだけリーがガニーを狙撃しやすくなる。
ガニーの武器は一度に発射される弾数とスチール製の事務机を貫通できない点から考慮すると、サブマシンガン。対するこちらはマカロフPM。連射速度、有効射程、弾数ともにガニーが有利。机の上には、放棄したドラグノフがあるが、ドラグノフでは逆に四十mは近すぎる。
等々力はマカロフPMの弾倉を素早く交換した。予備弾倉は一つしか左近が用意してこなかったので、残りの弾は九発しかなかった。
(まともにやったら勝てない。勝機があるとすれば、軍曹が本物のリーが隠れている事情を知らない点。さて、問題は、どうやってガニーを入口から十m歩かせるかだな)
名案は特になかった。リーからも左近からも指示がなかった。
ガニーはすぐに距離が詰めてこない理由は、こちらの武器がマカロフPMだけだと確信がないのと、入口から事務机まで遮蔽物がないから。
リーになって頭の中で今後の展開を予想してみる。やはり、名案が浮かばなかった。
灯りの点いた状況で、少しだけ顔を出してみた。悪い状況にガニーはボディ・アーマーをしっかり着用していた。
三十八口径のマカロフPMではボディ・アーマーは撃ち抜けない。正面からやり合うなら、顔やボディ・アーマーの隙間に弾丸が入らないと倒せない。
状況からして、一か八か、リーの狙撃に賭けるしかなかった。等々力は堂々と声を張り上げた。
「わかった。降参するある。だから、命だけは助けて欲しいね」
ガニーから数秒して指示が飛んだ。
「わかった。降伏するなら、ここでは殺さない。組織に連れて行く。後は組織同士で決める。銃を捨てて出てこい」
ガニーの言葉は嘘だ。ガニーは出てきたらところを仕留めるはず。だが、ガニーの空気からうろたえに似た心情が伝わってきた。
リーが本物なら、降参しない。命乞いもしない。そんな、リーが降参すると申し出るのだから、何かあると勘ぐって当然。しかも、リーの気配がするが、聞き覚えのある声と違う。何かがおかしいと感じて当然だ。
(ガニーはランスと違って、慎重な性格だ。優位を保っている間は、状況をできるだけ把握しようとするはず。勘でしかないが、ガニーはすぐに撃たないに賭ける)
マカロフPMを床を滑らすように離すと、ゆっくり両手を挙げて、等々力は立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます