第28話 読み合いの末に(五)
等々力を直視したガニーが、驚きで上ずった声を上げた。
「お前が、リーだと? お前はアントニー! いや、ジョセフだったか。でも、今は違うな、やっぱり、リー? 本当にリーなのか?」
ガニーの語尾は完全な疑問形になっていた。ガニーの顔がなんで、こいつがここにいるんだといった複雑な表情だ。ガニーがインカムを通して仲間から説明を求められたらしい。
「そうだ。情報通りの場所にリーがいた。でも、リーは、かってアントニーで、アントニーは次にジョセフだった。そしたら、これが、今度はリーだった」
仲間に日本語で説明しているので、相棒はランスではない。ランスは死ぬか、病院送りになったのだろう。
急遽、組織に人員の手配を依頼したら、現地の日本人を紹介されたといった状況か。
ガニーの言葉を聞いている仲間が何を言っているか、意味がわからなくて聞き返したのだろう。
ガニーが怒った声で発言した。
「何を言っているかわからないって、現場を見て話している俺ですら何を言っているかわからないんだよ。聞いているだけの、お前にわかるわけがないだろう」
酷い応答だが、ガニーの気持ちもわかる。
ガニーは明らかに混乱を来していた。ガニーが銃を構えたまま、ゆっくりと、確認しようと近づいてくる。ゆっくり四m進んで停まった。
(よし、あと六m)
ガニーは明らかに疑った顔で首を傾げて「お前は、本当にリーか?」と尋ねてきた。
等々力はリーの空気を纏ったまま、答えた。
「私がリーだと名乗っているんだから、リー以外の何者でもないよ」
ガニーの顔が歪んで、憎憎しそうに発言した。
「デジャヴか? 同じような言葉を、前にお前に聞かされた気がする」
等々力はすかさず、逆ギレを装って言い返した。
「お前こそ、何わけのわからない言葉を言っているあるか。こうして顔あわせて、リーだと名乗ったの、初めてあるよ」
ガニーの注意は完全に等々力にだけ向いていた。あと、六m歩かせれば、等々力の勝利だ。
ガニーが顔を横に振って明言した。
「違う、違うぞ、もう、騙されないぞ。お前はリーじゃない。第一、リーは女だ。お前、明らかに男だろう」
騙されないと宣言したので、ガニーはまたも等々力の術中に嵌ってきたと確信した。
完全に違うと思っているのなら、騙されないとは口にしない。
等々力はリーの空気を纏ったまま、不満そうに声を出した。
「お前、さっきから何を言っているあるか。面と向かって、人殺しと罵られる経験があっても、男だと言われたのは初めてね。女性に対して、とても失礼あるよ。殺されるのは仕方ないとしても、男だと思われる。これ、侮辱ね」
ガニーは思わず、銃を下ろしそうになって慌てて銃を構え直した。
「いやいやいや、女なわけがない。お前は絶対に男だろう。それに、リーでもない」
等々力はいかにも心外だとばかりに文句を付けた。
「本当に失礼な男ね。じゃあ、女だと証明するあるよ」と上着ボタンに手を掛けようとする。
ガニーは第一ボタンを外すのをじっと見ていた。が、すぐにハッとなった表情で「動くな」と命じた。
「動くな」と命じた理由は、リーなら何か武器を隠しており、服を脱ぐと見せかけて、反撃してくる可能せいがあると判断したから。
つまり、ガニーは目の前の等々力を「ひょっとしたら、本当にリーかもしれない」と、心のどこかで思ってきた証拠だ。
性別も違って、たいして変装もしていない。だが、プロとして空気に敏感なだけにガニーはエア・マスターの影響を一般人より強く受けるようだ。
等々力は両手を挙げた状態で、ムスッとした表情を作って不機嫌に発言した。
「私がリーだと、わかったか。じゃあ、約束通り、連れて行くね。そっちに歩いていっていいか?」
ガニーが即座に否定して、強い口調で命令した。
「ダメだ。動くな。両手を頭の上に乗せて、その場に伏せろ。伏せるんだ」
ガニーの指示に従うと、ガニーがゆっくりと歩いてきた。
等々力は心の中で数えた。
(あと、五m、四m、三、二、一)
あと三歩で、隠れているリーから狙撃可能な位置に来る。もう、少しと思ったところで、ガニーは停まった。
(くそ、あと三歩なのに、さすがはプロといったところか)
ガニーはどうやら辺りを警戒しているらしい。けれども、空のオフィスには人が隠れる場所はない。あるとすれば事務机の中くらいだが、散々弾を撃ち込んでいる。
窓からは街の灯りが見えるが、本物リーは気配を消して、百五十m先に隠れている。いくらガニーでも百五十m先の人間が感知できるわけがない。
確実には近づいて、殺せる距離から頭に弾を撃ち込めば、勝利なのは明白。だが、リーに危険を感じる能力があったように、ガニーにもプロの勘が危険を伝えているのだろう。
ガニーの空気が少し変わったように感じた。
ガニーが静かに問い掛けてきた。
「一つ質問いいか? 鷹には、目がいくつある?」
等々力の心臓が高鳴った。鷹に目が二つある事実は、子供でも知っている。
ガニーは等々力の成り済ましを信じた。その上で、リーは二人いるとの結論をガニーは出した。ガニーがリーについて知らなさ過ぎたがゆえの誤算だった。
素性不詳の存在なら、姉妹もしく、女二人組で鷹の目リーを名乗っていると想像できない理由もない。二人いるからこそ、情報が入り乱れて素性不明。本来なら完全に誤った結論なのだが、ガニーは誤った結論から、危険を寸前で回避した。
床に寝そべる等々力に軍曹が冷たく「答えろ」と問い掛けてきた。
誤魔化すために、ゆっくりと、はっきりした口調で漢詩を詠んだ。
漢詩は、高校時代に完全に国語の先生の趣味で覚えさせられた詩だ。
「
(意訳)
(絹の絵から風霜が起こるように見えるのは、蒼い鷹の絵が傑作だから。鷹が用心深い兎を狙っている。鷹の横顔の睨む目は、憂いているペルシャ人のよう。足についた環輪は、手で触れられそうに光っている。呼べば、軒から勢い良く飛び出すであろう。鷹は凡鳥たちを狩り、毛と血を荒野に撒き散らす)
ガニーには意味がわからず問い返した。
「どういう意味だ」
注意を逸らさせるために、漢詩を詠んだだけ。特に意味はない。ただ、リーなら何か適当な漢詩の一つでも述べて、この世を去ると思ったから詠んだ。
等々力は挑戦的に言い放った。
「お前にもわかるように、日本語で詠んだね。言葉の通りよ。わからないなら、帰って杜甫の畫鷹(がよう)を調べるといいね。芸は身を助けるよ」
ガニーが無意識なのか三歩進んだ。
(よし、今だ。リーさん、ガニーを仕留めて!)
インカムを通して、リーからのんびりした声で伝言が入った。
「お前が詩を詠んでいる間に、組織から連絡あったね。作戦中止。軍曹は撃たないよ。お前も抵抗する、よろしくない」
等々力は脳幹が急速冷凍される思いだった。
(そんな、今さら撃たないって、困るよ。こっちは頭を撃ち抜かれる寸前なのに)
等々力は焦った。するとガニーが苦々しく発言した。
「芸は身を助けるとは、よく言ったものだな。全く運のいい女だ」
ガニーはそのままゆっくり出口に向かって歩いていった。
全く事情がわからなかった。ガニーがいなくなったので、「軍曹が帰っていった」とリーに伝えた。
リーが平然と述べた。
「そうか、どうやら、軍曹にも連絡が入ったようね。ウチと向こうの組織、停戦したよ」
戦いがなくなったのなら良かったが、タイミングが良すぎる。誰かの作為的な意図を感じてどうにも落ち着かないが、詳細は不明だ。
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