第25話 読み合いの末に(二)
左近が用意してくれた、幕の内弁当を食べた。本物の銃を前にしてリーが基本的な扱い方を教えてくれた。なぜか、アントニーも面白そうに講義を聴いていた。
拳銃の扱いについてもリーは教えてくれた。銃に興味がないせいか、あまりよくわからなかった。とりあえず、撃ってみろとなった。
リーからマカロフPMを借りて、屋内射撃演習場に移動した。
足にしっかり力を入れて立ち、両手でしっかりとマカロフPMを構えた。
十m先の直径三十㎝の的に向けて、合計四十発ほど撃った。的に当ったのが、二発のみ。もう、四十発ほど撃たせてもらったが、三発しか当らなかった。
八十発を撃った成績を見て、リーが顔を露骨に顰めた。
(これ軍曹と遭遇したら勝負にならないな)
次に、狙撃の基本的知識を教えてもらうが、サッパリ頭に入らなかった。
ドラグノフ狙撃銃の組み立て、扱いについてもレクチャーしてもらった。見よう見真似で組み立てた。照準の合わせ方、分解を覚える。撃つ前段階で三時間も掛かった。
いよいよ狙撃となる。リーがまず手本を見せてくれた。リーは伏せた状態から百八十m離れた直径三十㎝の丸い的に十発撃った。リーは中心から三㎝以内に全弾を命中させた。中心から一・五㎝に限っても、八発が命中していた。
等々力が「凄い」と漏らすと、リーが当然というように発言した。
「ここは屋内。風の影響もなければ、視界の状態も良い、当然ね。人間が標的の場合、頭の大きさは約二十㎝。確実に絶命させるなら、目の真後ろに当てなければいけないよ。だから実際の的の大きさは、五㎝になるね」
等々力も挑戦してみた。十発撃って、直径三十㎝の的に一発も当らなかった。
リーが険しい表情をした。どうやら、等々力のあまりの無能さに、ついに限界が来た顔だった。等々力は「もう一回」と頼んで十発撃って、全部外した。
ついにリーは、猛然と広東語で左近に切れまくった。左近も広東語で宥めるが、リーは治まらない。あまりの険悪さに「もう帰りたい」と正直に思った。
すると、いままで黙っていたアントニーが広東語で二人の話の中に入っていった。三人で話が進むと、リーは段々静かになって最後に「わかったよ」と発言した。
アントニーが一ドル硬貨を取り出した。非常に嫌な予感がした。
左近が一ドル硬貨を受け取ると、黙って射撃場の中に入っていった。左近が百八十m地点に着くと、片手を伸ばした。等々力は、まさかと思って、スコープを覗いた。
左近は人差し指と親指の間に一ドルコインを摘んでいた。
リーが顔を顰めて発言した
「さあ、撃つよろしい。コインを狙撃してみせるよ」
とんでもない事態になった。
「ちょっと、待ってください。まだ、三十㎝の的にすら当らないのに、コインに当てるなんて無理ですよ」
リーはガンとして聞き入れなかった。
「ダメね。お前の本気の腕、見せる、よろし。あの女と約束した。コインを当てられなかったら、仕事はキャンセル。前金は三倍返しね。わざと外す、ダメね。そしたら、お前殺す」
等々力はアントニーを見ると、アントニー微笑んで首を傾げた。
(アントニーーーー、何が、助けるだ。お前、とんでもない状況にしやがって)
おそらく、弾を撃ってもコインには当らない。当らないだけならいい。だが、素人の等々力なら、なまじコインを狙えば、左近に弾を命中させる可能性があった。
もちろん、わざと大きく外せば、左近には当らないだろう。いかし、リーはわざと外したら殺すと宣言している。
おそらく、リーに本気で口にしている。やるしかない。でも、空気を纏っても、対象の技術まで模倣できるかは、未知数だ。
等々力は体が震えるのを実感した。
(殺すかもしれない。殺されるかもしれない)
アントニーが部外者らしく気楽に発言した。
「ところで、リーなら当てられるの」
リーが少しだけ渋い顔をして発言した。
「私か? そうね。私でも難しいね。あの女の指の心配をするなら、コインの中央に当てなきゃダメ。それを考えたら、弾一発分の誤差しか許されないね」
(なんだと、それじゃ、リーに成り済ましても、左近さんを救えない)
等々力の心臓は高鳴った。
リーが無情にも「さあ、撃つね」と強気で迫ってきた。
やるしかない。でも、どうすれば。リーになら成り済ませる自信があるが、リーでも難しいとなると、リー以上の腕の持ち主でなければダメだ。
ガニーは狙撃だけの腕なら、リーより下、対象外だ。こんな状況下で狙撃をできる人物は知らない。いや、一人いた。でも、その人物は――。
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