びっくり箱

増田朋美

びっくり箱

びっくり箱

ブッチャーの姉有希は、なぜかその日得意気な顔をして、製鉄所にやってきた。利用者たちは、おい、なんであんなに堂々とした顔をしているんだとか、顔を見合わせてうわさしあっていたが、何を言っても、答えが思いつかないのだった。そこで利用者たちは、妖艶な顔をした彼女が、一体何をするつもりなのか、それとなく観察してみることにした。

「おい、台所に行ったぞ。」

と、一人の利用者が言った。ほかの者も頷いて、彼女の後をこっそりつけて、台所へ向かった。

その有希は、台所に行き、まな板と包丁を出して、白菜とほうれん草を切り始めた。

「大量の野菜を切り始めたぞ。何か作っているんじゃないのか?」

そのうち、ぐつぐつと何かを煮ている音がし始めた。

「雑炊でも作っているのかな?なんだかだしの素みたいな匂いがするぞ。」

「おいおい。大丈夫かなあ。それでは水穂さん、当たったりしないかな?」

「まずい、有希さんはそういうことを知らないのかもしれないぜ。ちょっと注意した方がいいんじゃないのか?」

「うん、そのほうがいい。行ってみようぜ。」

二人の利用者は、有希に声をかけてみようと、台所の暖簾をくぐって、台所の中に入った。有希はちょうど、火を止めたところだった。

「あら、どうしたのかしら?」

何くわぬ顔で、有希は利用者に聞く。

「い、いやあ、その、何を作っているのか気になりましたので。」

利用者が急いでそう答えると、

「うどんよ。水穂さんにもっていくから、そこをどいて頂戴。」

と、有希はそういうのである。利用者たちは、え!うどんだって!とびっくりして顔を見合わせた。

「ちょ、ちょっと待って下さい。水穂さんはこれまで何回もうどんで当たっているんです。食べちゃいけないって、何回も言っているじゃないですか。もう、極端な例を挙げれば、うどんなんか食べたら、凶器になっちゃいますよ!」

利用者が、それを止めようとしたが、有希は平気な顔をして、

「知ってるわよ。それにこれは、米粉のうどんだから、凶器にはならないわよ。」

と、にこやかに言った。そして鍋を手早くお盆の上に乗せ、そこに小さな茶碗と箸を一緒に置き、そこをどいて、と、一言言って、まるで兵隊の間を堂々と歩いていく女帝みたいに、四畳半へ向かって、歩いて行ってしまった。

「おい、米粉のうどんだとよ!」

「大丈夫かあな、本当に当たらないで食べられるんだろうか?」

二人の利用者は顔を見合わせた。

「だって、こないだ食べさせたすいとんだって、当たって食べられなかったじゃないか。」

「おいおい怖いなあ。本当にあたったら大変なことになるぞ。下手をしたら、今のままでは死んでしまう可能性もなくはない。」

「おう、心配だよ。もうこうなったら、強硬手段だ。覗いちゃおうぜ。」

二人の利用者はそういって、有希の跡を追いかけて、四畳半へ行った。

「さあ、食事ができましたよ。食べて頂戴。今日は特に寒いから、暖かいうどんですよ。」

有希は水穂さんの枕元にお盆をおいた。

「ほら起きて。食べるときは食べて、元気をつけなくちゃ。でないと力が出ないわよ。」

有希はちょっと水穂さんの肩を軽くたたく。水穂さんは、ゆっくり目を開けた。

「ほら、ちょっと熱いから、気を付けて食べて頂戴。急がないでゆっくり食べてね。」

そういって有希は、水穂さんの口元へうどんを持って行った。

「よ、よしてください。」

と、水穂さんは、直ぐに首を反対方向へ向けてしまうのであるが、

「大丈夫よ。米粉のうどんだから、当たる心配はないわ。」

有希はにこやかに言った。

「だけど。」

まあ、そういっても、見かけ上は何も変わらない普通のうどんなので、水穂は不安で仕方ないという顔をしている。覗いている利用者たちも、おいおい大丈夫かな、という顔で、心配そうに彼を見た。

「大丈夫よ。もし証拠が欲しいんだったら、お米屋さんのレシートもちゃんとあるわ。見せましょうか。」

有希は近くに置いてあった鞄の中から、一枚の紙切れを取り出した。それは確かに、太田商店と書かれたレシートと言うより領収書で、ちゃんと、米粉うどん、1000円と書いてある。太田商店とは、とは、確かに、製鉄所の近くにあるお米屋さんである事は間違いなかった。つまりこれは、本物の米粉のうどんなのだろうか、、、。

「ほら食べて。大丈夫よ。この通り、本物の米粉で作ったうどんだから、当たることはないわ。」

水穂も水穂で覚悟を決めたらしく、有希から差し出されたうどんを口に入れた。この後、また苦しそうに咳き込んで吐き出すぞ、と利用者たちも身構えたが、それはとても柔らかいうどんで、特に噛む力も必要なく、簡単に飲み込むことが出来た。ちょっと専門的に言えば、小麦に含まれているグルテンという物質でアレルギーを起こすのであるが、米粉はそれが小麦より少ないために、当たるという事がなかった。それもそうだし、グルテンのおかげで、うどんは弾力のある、コシの強い麺になるが、米粉はそれがないために、うどんなどの麺にしてしまうと、すぐ切れやすい、柔らかい麺になるのである。

「ほら、食べられた。じゃあ、もう一回頑張りましょう。」

もう一度有希は、うどんを口元までもっていった。水穂はまたそれを口にし、少し咀嚼してそれを飲み込んだ。

「ほら、もう一回。」

またうどんが口に入れられる。

「おいおいすげえぞ。やっとというか、奇跡的にうどんを食べた。どういうことだ!」

利用者たちは、お互い顔を見合わせた。

「すごいなあ、何を食べても咳き込んで吐き出しちまうと思っていたんだが、食べられるものであればちゃんと、食べるんだなあ。」

もう一人の利用者は、大きな溜息をついた。

「おいおい。ため息つかないで、いい方に考えようぜ。それじゃあ、どんどん食べてもらわなくちゃ。有希さんが、米粉を入手できるんだったら、どんどん作ってもらおう。俺たちには、できないことなんだからさ。」

「そうか。こんな不細工な男じゃなくて、やっぱり、みつあみの似合う、ああいう妖艶できれいな女の人のほうが、水穂さんも良いってことかなあ。」

二人は、やれやれという顔をする。ちょうど、十二時の鐘が鳴ったので、自分たちの食事をしに、台所へ戻ろうとする。


その時。

「あれれ、庭で泣き声がする。」

と、確かに庭で女性の声が聞こえてきたのであった。急いで中庭に行ってみると、

「由紀子さん!」

中庭の敷石の上に立って、泣いているのは間違いなく由紀子であった。

「ど、どうしたんですか。何をそんなに泣いているんですか。そんな、泣く必要があるんですか?」

利用者は由紀子に聞くと、

「だって、あたし。あたしには、出来なかったんだもの、、、。」

そういって、由紀子は、ボロボロと涙をこぼして泣き始めた。利用者たちは、いつ由紀子さんが製鉄所に入ってきたのか、全く気が付かなかったが、その態度から見て、今の一部始終を見ていたことは間違いないと確信した。

「できなかったって、何がですか?」

傷ついた経験のある、利用者たちは、彼女を放置しておくことはできないと思った。

「由紀子さん、水穂さんに食べ物を持っていけなかったから、泣いていたんですか?」

感性の良い、もう一人の利用者が、由紀子にそんなことを聞くと、由紀子は泣きながら頷いた。

「由紀子さん、泣かないでくださいよ。由紀子さんには、由紀子さんに出来る事は、必ずありますって。食べ物の事は有希さんに任せて、自分はほかの事をすればいいんだって、考えればいいじゃありませんか。」

男というものは、こういう風に理屈で簡単に割り切ってしまうのが得意である。それに乗じて、こういう慰め方ができるのであるが、それは時折、女の人を傷つけてしまうことにもなるのだ。

「そんなこと言わないでよ!あたしだって、水穂さんに、なにかしてあげたいっていう気持ちは、誰よりもあるのに!」

そういって、由紀子はさらに泣きじゃくった。

「大丈夫ですよ。必ず、由紀子さんにも出来る事はありますよ。誰でも一人で全部の介護ができるということはありませんから。有希さんができて、由紀子さんができなかっただけの事です。その逆の事もきっとありますから、大丈夫ですよ!」

「あたしは、そんな意味で悲しんでいるんじゃありませんよ!」

由紀子は声を荒げて行った。

「じゃあ、何ですかね。」

「だって、あなたたちが、一寸妖艶できれいな女の人のほうが良いって言ったでしょ!」

女というのは、変なところでこだわりをみせてしまうものである。男にとってはどうでもいいことで、女は泣いたりわめいたりするものであった。

「あ、ああ、すみません。それは俺たちの感想であって、水穂さん本人がどう思っているかどうかは、不詳じゃないですか。もし可能であればですけれど、本当にそうなのか、本人に聞いてみたらいかがでしょうか。」

と、先ほど発言した利用者よりも、ちょっと面倒くさそうな顔をして、もう一人の利用者が言った。そういわれると、由紀子もやっと泣き止んで、

「わかったわ!あたしが、本人に聞いてみる。」

と、四畳半のふすまをバタンと開ける。すると、中にいた有希が、

「ちょっと、しずかにして!」

と、人差し指を口に当てて言った。同時に水穂さんがすやすやと眠っている音が聞こえてくる。有希は、水穂さんにかけ布団をかけなおしてあげていた。

「眠っているの?」

「ええ。たぶん、久しぶりに食べられて、いい気持ちなんでしょう。人間、食べた後に嫌な気持ちになる人はいないわよね。」

枕元には、うどんの入った鍋が置かれていた。

「ま、まさかうどんなんか!」

「大丈夫よ。米粉のうどんだから、何も怖がることはないわ。米粉は、当たることはないもの。」

今こうして静かに眠っていることが、何よりも証拠だった。もう、小麦粉のうどんなんか食べたら、こうして静かになんてとてもできないはずだ。

「そうね、、、。でも、それをどこで見つけたの?」

由紀子は怒りを押し殺して、そう聞いてみた。

「太田商店というお米屋さんよ。そこで買ってきたのよ。」

由紀子が尋ねると、有希は即答した。そのお米屋さんの名前は、由紀子も聞いたことがあった。確か有名なコシヒカリのような、高級なものを売っているお米屋さんで、簡単に一般の人は入れないような、そういう感じの店だったが、有希さんが、そこへ入って、お米のうどんを買ってくることができたのだろうか?

その間にも、水穂さんは静かに眠っていた。まるで、有希にうまいものを食べさせてもらって、感謝の意を示しているような顔で。


その、数日後のことであった。

「水穂さん、少し良くなってきたのかな。有希さんにああして食べさせてもらう様になってから、あんまり咳き込まなくなったし。」

「まあ、体力が付いたってことなんじゃないか。体力さえあれば、誰でも変わっていけるじゃないか。人間誰でもそういうもんだぜ。」

利用者たちがそんなことを言い合っているほど、水穂さんはよく眠っていた。最近は、利用者が言う様に、苦しそうに咳き込むことは少なくなった。

と、その時。有希が血相を変えて、飛び込んできた。その顔は、いかにも混乱しているような、顔である。

「どうしたんです、有希さん。」

利用者がそう聞くと、

「なくなっちゃったんです!」

有希はそう答えた。

「なくなった。なくなったって誰が?有希さんの身内の誰かですか?」

利用者が聞くと、

「違います!」

と、有希は言った。

「じゃあ、親戚とか、そういう感じですか?」

「違うわよ!」

ますますわからないので、利用者はくびをかしげる。

「有希さん、しっかり話してください。一体誰が亡くなったんですか。俺たちにもわかるように、確り話してくださいよ。まずは、深呼吸して、落ち着くところから初めて。」

利用者は、精神障碍者特有のやさしさで、有希に言った。もし、健常者であれば、こんな言葉、絶対口にすることはないだろう。

「ごめんなさい、取り乱して。あの、お米屋さんなの、お米屋さん。水穂さんに食べさせるための、米粉のうどんを売ってくれていた、あのお米屋さん。」

有希は、めちゃくちゃな言い方でそういった。

「俺、一寸由紀子さんに電話してみるわ。こういうことは、男よりも、女のほうが、得意だと思うから。」

利用者が、スマートフォンを出して、由紀子のところに番号を回した。

「ああ、もしもし、由紀子さん。すみません。ちょっと調べてもらいたいことがあるんですがね。あの、有希さんが、お米のうどんを購入したお店、太田商店を調べてもらいたいんですよ。」

由紀子は、電話を切ると、すぐにパソコンを出して、電源を入れた。検索欄に太田商店と入れてみる。すると、廃業という文字が飛び込んできた。うそ、昨日まで営業していたはずなのに、どうして急に!店のホームページも既に消されていた。SNSで調べても太田商店のページはなかった。どういう事か?でも確かにお米屋さんが廃業何てしてしまったら、米粉のうどんはもう手に入らないという事になるので、水穂さんにとって、食べ物がなくなってしまうという事でもあった。其れだけはどうしても避けたかった由紀子は、すぐに製鉄所に行って見ることにした。

製鉄所に到着すると、台所で有希が、テーブルに突っ伏して泣いているのが見えた。その姿はロダンのダナイードにそっくりだ。背中のお太鼓結びといい、衣紋を抜いた首周りと言い、いかにもそう見えてしまうのだ。

「有希さん。」

由紀子が声をかけても、有希は泣き続けるのだった。

「有希さん。」

もう一回声をかけると、有希は大いに取り乱して、

「お米屋さん!お米屋さんが!」

涙をこぼして泣いた。それではやっぱり、お米屋さんは廃業したという事だろう。有希は涙を振り乱して、泣いているという表現がぴったりだった。こういう風に、自分の事じゃなくて、他人のために取り乱して泣くことができるなら、ある意味素晴らしいことではないかと思われることであった。

「そうなのね。お米屋さんについては、わたしが調べてみたわ。確かに廃業したみたいね。今まで、おじさんが一人でやられていたみたいで、そのおじさんが急になくなったみたいでね。後継者になるはずの息子さんは、すでに海外に行ってしまっているようだし、お米屋さんをやっていける人がいなくなってしまったみたいで。」

今の時代、情報が入ってくるのは速かった。調べればすぐに情報が得られた。でも、すぐに入ってくるのは、一寸速すぎるような気がする。

「じゃあ、どうしろっていうのよ!水穂さんに食べさせられるものが、もう手に入らないのよ!このままだと、水穂さんまた食べない生活に戻っていって、、、。」

「そうね。確かに其れはそうかもしれない。でも、そうなったことは、仕方ないから。」

由紀子は、そう有希を諭したが、有希は泣いてばかりだった。其れはきっと、有希が水穂さんを本気で愛しているからだ。それは、由紀子にはできない事のような気がした。

「有希さん。」

由紀子は静かに言った。

「水穂さんのために、泣いてくれて、どうもありがとう。」

と、言ったものの、それでも有希は泣きっぱなしで、涙をこぼして泣くのだった。有希さんに出来る事はここまでなのだろう。そこで由紀子は、ある事を思いついた。

「有希さん一緒に、お米屋さんに行ってみましょう。文句言ったっていいわ。」

そうしてやっと、有希の顔が変わる。

「行ってみましょう。私もその通りにするつもりだから。」

有希もそういうことを言い始めた。

「早くあの店に文句を言いに行かないと、本当の事がわからなくなってしまうような気がするの。」

その言葉の意味がよく分からなかったけど、由紀子はとりあえず、お米屋さんへ行ってみることにする。


二人は、由紀子の運転する車に乗って、太田商店のあったところに行ってみた。とりあえず、店のご主人が亡くなったので、店には忌中と書いてある。中を覗いてみると、店の中はまるで空っぽで、家財道具は何もないし、店の伯父さんが使用していた、そろばんも帳簿も既になくなっていた。まるでがらんどうになったとしか言いようがなかった。

「あの、すみません。このお店は、いったいどうなってしまうのでしょうか?」

由紀子は、ちょうど目の前を通りかかった、若い女の人に言った。

「見てのとおりよ。」

と、その女の人はそういうのであるが、由紀子はその言いかたがちょっときついと思った。

「この店はもう用なしなんだし、もう誰にも必要じゃないんだし、父が勝手にやってただけで、もう要はないんだから、あたし達が好きにしていいでしょ。」

何だかそうして当然のような口ぶりで、まるでこの時を待っていたような、そういう感じである。

「きっと、建物を壊して、別棟でも立てて、自分たちだけでくらすつもりなのね!」

有希がそんなことを言った。なぜ、そういう事が言えてしまうのか。由紀子には決してできない事であった。

「そうよ。それがなんだっていうのよ。こんな古臭い家、わたしは嫌でたまらなかったのよ。周りからは馬鹿にされるし、こんな商売しないでって言っても、父はいう事聞かないし。兄は海外に行くことで逃れたけど、わたしはできなかったしね。だから、こうなってくれたことが、唯一のチャンスなのよ!」

娘さんはそういうが、有希も由紀子もその話は納得できるものではなかった。でも、世の中というものは、大体そうなってしまうもので、無理が通れば道理引っ込むとは、まさにこのことである。

「お父さんのお米屋さんは、どう考えているかしら。自分のしてきたことが、こういう形で簡単につぶされちゃうってことが。」

由紀子がそういうと、

「勿論、喜んでいるわ。こうして家が広くなって、子どもたちものびのび暮らせるし、何よりも、そんな古くさい商売をやっていると言って、バカにされることもなくなるでしょうから!」

娘さんは、勝ち誇ったような顔をしていった。でも、はたして子供たちは本当にそう思っているだろうか。それは分からない。今は喜ぶかも知れないけど、いつか世の中の事がわかるようになったら、

自分のせいで店が潰れたと、大いに傷ついてしまうこともあるだろう。それではまた、不幸になるという可能性は十分にある。

「今はしあわせであっても、永続的にそうなるとは限りません。お米を売っていた時のほうが、幸せだったって、言わなければならないときが来るかも知れないですよ。」

由紀子は思わず、そうつぶやいた。一方のところ、有希は、怒りの言葉を投げかけた。

「そんなこと言って、お父さんのお米屋さんに助けてもらった人だっているんです。私が、心から愛している人は、悲しいかな、小麦粉でできたものは全く食べられない、悲しい生活だった。だから、ここで、米粉のうどんを買って、なんとか生き延びていました。それがなくなったら、彼は一体どうなってしまうのでしょうか。あたしは、そうなってしまうのは、一番嫌です。それは、本当に悲しいことです。お米屋さんは、そうなってしまわないようにしてくれる、あたしにとって、大事な存在だったんですよ。其れが、つぶれてしまったら、これから、あたしたちは、どうしたらいいのか。」

「そんなこと知らないわ。ほかにも店はあるし、出来ないものならインターネットで取り寄せたりすれば、いいじゃない。とにかくね、ほかに買う手段はいくらでもあるのに、こんな古臭い商売なんて、あたしはやりたくもありません!そのせいであたしだって、たくさん悩んできたんですから。人にバカにされたり、以前は、結婚を断られたこともありましたわ!そんな商売、あたしは手なんか出したく何て、ありませんよ!」

きっと娘さんも、お父さんがお米屋さんをしているために、たくさん傷ついてきたのだろう。だからもう、それをおしまいにしたいので、お米屋さんを終わりにしたいと考えているのだ。

「お米屋さんは、もういいじゃない。有希さん、もうあきらめて帰りましょ。米粉のうどんは、また、ほかのところで買えばいいわ。必要なら、あたしが調べてあげるから。」

有希は一言、そうねと言った。

「でも、お願いですから、覚えておいてくれませんか。お米屋さんのおじさんは、大変暖かくて、あたしたちにとっては本当に優しい人でした。その思い出をどうか忘れないでください。」






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びっくり箱 増田朋美 @masubuchi4996

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