第29話 王都編⑤〜鈴木ヒラガの決意〜

 「──どうして、少し気恥しそうにはしていたけれど、今この子は何も失敗していないわ」


 先輩メイドのセレシィが、メイド喫茶閉店が納得いかないように、ケルベルトに話を持ちかける。


 「そこがダメなんだよね、あとさ、君、エルフでしょ?」


 先輩メイドのセレシィはどういうことだと首を傾げるが、オレ達やアンリィは違う。

 何かを察したアンリィは喉を鳴らして固まる。


 「……それは、どういうことだ」


 ケルベルトはもう何かを確信したように鼻で笑い、続けて話し出す。


 「そういえば報告によると、昨日王都で捕まり、どうやったのかは知らんが脱獄した盗人の仲間の中に、エルフっていう珍しい種族がいたそうじゃないか」


 まずい、これはもうバレているとしか思えない。

 アンリィは額から冷や汗を流し、歯を食いしばる。


 「つまり、俺が言いたいのは──」

 「──すまなかった! アンリィちゃんが無礼を働いたのなら俺が謝る! だからどうか、アンリィちゃんをそんなふうに言わ──ッッ!?」


 店長が飛び出しアンリィを庇うように言いながら頭を下げるが、ケルベルトは剣を抜き、店長の顔の前に見せびらかすように脅す。


 「そこにいるエルフって、昨日脱獄した……盗人なんじゃないか?」


 「──ま、まずいですよお兄ちゃん! このままじゃ店長さんが!」

 「おい、今の声、聞き覚えがあるぞ妹」

 「しまっ──」


 サエは慌てて口を抑えるがもう遅い。


 「黒だ、全員突入!」


 控えていたのか、大量の兵士がメイド喫茶に入ってきた。

 そのあとオレとサエ、アンリィはすぐに抵抗もなく捕まってしまった。



 ──数日後、オレ達は裁判にかけられるらしい。


 再び牢屋の中に入れられたオレ達三人は、またリッカの助けが来るんじゃないかなどと、起こりもしないことを考えていた。


 牢屋に入ってそうそう、オレは黒くて早いあいつが居ないことを確認し、フッとため息をついた。


 「お兄ちゃん、また捕まってしまいましたね……なんで私達がどこかの盗人と間違えられているのでしょう……」

 「さあな、もしかしたらケルベルトが仕組んだ事なのかもな、でも貴族の人も話を聞いてくれればきっと分かってくれるはずさ」

 「そうですよね……」


 どことなく不安げに返事をするサエをみて、オレは心の奥底でこの理不尽な事に制裁が加わることを祈る。


 「でも貴族というのは何をしでかすのはわからない、私も貴族にはえらい目に合わされた覚えがあるからな」

 「えらい目ってなんだよ」

 「そ、そ、それはだな、私が小さかった頃の話なんだが聞きたいか?」

 「聞きたい」


 即答するオレの顔を見て、アンリィは一度咳き込んだあと、昔話を始める。


 「あれは、私が八十二才の頃だった……私は──」


 「──ん? ちょっと待てよ、子供の頃の話じゃなかったのか?」


 「エルフにとっては子供なんだよ!」

 「あっ、そう……」


 「……やけに納得するのが早いんだな」

 「それってあれだろ? エルフは長生きする的なあれだろ?」

 「まぁ、そうなんだけれど、話の飲み込みがやけに早いんだな……」


 それはもうオレは大のエルフファンだからな。

 エルフが出てくる全てのアニメを見尽くし、原作やグッズまで全てを揃えてあるからな。


 「まぁいい、では話の続きを、私は──」


 「──てか、お前今何歳なの?」


 「なっ!? じょ、女性に年齢を聞くとはなんてやつだ!」


 「──お兄ちゃん、アンリィさんの話の邪魔をしないでくださいよ!」

 「そ、それもそうだな、悪かった」


 でもアンリィの年齢がどうしても気になる……。


 「で、では気を取り直して……私は──」


 ──聞いてみれば大したことじゃなかった。


 子供の頃のアンリィはエルフの貴族様に毎日暇さえあればイタズラをしに出かけていて、そのせいでエルフの森を追い出されたんだとか……。


 だけどサエには結構好評だったらしい。

 今も笑顔で笑いを浮かべていた。


 「──ふふふ、だから行く宛もないアンリィさんはスタット村に来たんですね」

 「う、うるさい、昔の話だ」

 「でも、ここに来たのが最近ってことは、つい最近までは──」


 咄嗟にアンリィは顔を赤くしてオレの口を塞いだ。


 「なんでこういう時は察しがいいのよ! 私はもう子供じゃないから!」



 『──緊急魔王軍警報! 緊急魔王軍警報! 王都に大量の魔物軍隊が接近中! 冒険者並びに腕のいい者達は、至急王都門まで来てください! 繰り返します──』


 「──また、魔王軍か……」


 「このままだと私たちは応戦できませんよ!」

 「そ、そうだ、この王都に大量の魔物軍隊が……接近中して……行くしかないだろこれは!」


 「なんで応戦するつもりなんだよ、オレ達が魔王軍なんかにかなうわけがないだろ、それにオレ達は今牢屋の中にいるんだぞ? もうリッカを連れ戻すどころかこのままじゃ処刑されちまうだろ……」


 二度目の投獄のせいか、オレの心はどこか病んでしまっていた。

 もう、どうにもならない、どうしようもない。

 そんな思いが込み上げてくる。


 「なんとかなりますよ、私達はどんなときも何とかしてきたじゃないですか」


 それってあれだろ?


 メタルスライム討伐戦の時に杖や弓を忘れたお前たちをオレがなんとかフォローしたり、オーク討伐戦の時にどうしようもない状況になっていたアンリィをオレが助け出したり……。


 これってもう、オレがなんとかしてきたってだけじゃないのか……。


 「諦めてはいけません、これ程ではないですが、私達はこの絶望的な状況をもう何度も経験したじゃないですか」

 「この状況から、なんとかなると思っているのか?」


 「どうせ今回もなんとかしてくれる気でいるんでしょう? なんだかんだ言ってお兄ちゃんはいつも私達のことを思ってくれているんですし、何か秘策があったりするんじゃないですか?」


 そう言ってサエはオレの手を握り、作り笑顔を見せる。

 サエはオレが落ち込んでいたのを見切っていたのだろうか、オレを励まそうとしてくれている。

 確かに最初っから諦めちゃダメだよな、もう一回だけ、足掻いてみるか。


 サエに心配はかけられないよな。

 

 「──事情聴取の時間だ」

 「望むところだ、取っておきの秘策を見せてやる、まずはオレ達の無実を証明しなきゃだな!」


 「はぁ……?」


 オレの意味のわからない言葉に兵士は混乱するが、今はそれは関係ない。


 オレの言葉を聞いたサエが見せたのは、サエの本当の笑顔だった。

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