第28話 王都編④〜メイド喫茶のお約束!〜
──なんだかんだで夜が明けて、オレ達は朝をむかえた。
「お兄ちゃん、朝ですよ」
言いながらサエはオレが寝ていた部屋の扉を開けて、そのまま部屋に入ってくる。
「もう起きてたんですか、お兄ちゃんにしては珍しいですね」
「サエ、それはちょっと違うな、オレがあの店長を完全に信用したとでも思ってるのか? あの店長、もしかしたら夜に警察にでも報告しに行くかもしれないだろ?」
「まさか徹夜ですか!? 少しは信用してあげてくださいよ、一ヶ月も一緒に働いていたのに」
オレの疑り深さに引き気味に言うが、オレはそんなに疑り深いわけでない。
ただ、あの店長はどこか信用出来ない、それに……。
「あの店長、オレ達に働かせて何もしていないだろ? そういう所とかもなんか人間的にな」
「確かに何もしていないのは事実ですが……」
と話し込んでいるうちに、アンリィがオレの部屋を通りかかる。
「──なんだ、みんなもう起きていたのか、ヒラガは寝起きが悪いと聞いていたのだが、今日は早いのね」
アンリィは寝癖をつけて、欠伸を噛み殺しながら言い、オレの部屋に入ってくる。
「昨日は一睡もしていないからな、──まぁ、慣れていることだから」
「一睡も!? 色々と聞きたいのは山々なのだけど、さっき店長が呼んでいたから、早くロビーに来た方がいいわよ。……それじゃあ私は先に行ってるわね」
そう言ってアンリィはオレの部屋を出ていき、ロビーの方へ歩いていった。
店長が呼んでいた、か……。
なんだか嫌な予感しかしないが、昨日は完全に
「──サエ、オレ達も行くぞ」
「はい!」
「──え!?」
店長の頼みは、メイド喫茶でまたバイトとして働いて欲しいとの事だ。
オレとサエは昨日も世話になったのだし、もちろんと答えたが、アンリィは店長の頼みを聞いて青ざめ、ロビーから走って出ていった。
自室にでも引きこもっているのだろう。
なぜだかわからないが、アンリィにはメイド喫茶が一種のトラウマになっているのかもしれない。
「あれ、アンリィちゃん逃げちゃった、どうするの? えと、ヒラガ? 君」
「いや、どうすると言われても、オレにはどうすることも出来ませんよ」
「そっか、なら警察にでも言って──」
「今すぐ呼んできます!」
オレはアンリィのあとを追いかけて走った。
「──うんうん、わかってるじゃないか」
サエはそんな店長を若干引き気味に見ていた。
──なんとかアンリィの説得をして、アンリィはメイド服に着替えて部屋から出てきた。
「──その、どうだ?」
いや、めちゃめちゃ可愛いんだけど。
エルフにメイドを掛け合わせると、こんなにも可愛くなるのかと感心していた。
「……変な性癖さえなければな」
オレは無意識にポロッと小声で呟く。
「おい、今なんて言った?」
「いや、すごく似合ってると思うぞ」
「そうか、だがさっきポロッと言っていたのが聞こえていたせいか、素直に喜べないのだけど……」
そんな声は聞き流し、隣でモジモジとしているサエの方に視線をやり。
「サエ、すごく似合ってるぞ」
「──ッ!? あ、ありがとうございます!」
いや、やっぱこれが異世界来てよかったって思える瞬間だよな……。
「みんなー! お仕事の時間だよー!」
おっと、店長がお呼びのようだ。
「サエ、アンリィ、頑張ってくれよ」
「はい!」
「ええ!」
──サエとアンリィはメイド喫茶の接客、オレはまた裏方の雑用をやらされることになった。
オレはせっせと仕事をこなすなか、サエとアンリィはおっちょこちょいにいろいろとやらかす。
こんな光景を眺めていると、前のことを思い出す。
オレの仕事は増えていくばかりだ。
「──頑張っているね」
「他人事みたいに言ってないで、店長も働いてくださいよ……」
「……そうだね、少しだけ手伝うよ」
そう言って店長は皿を取り、洗剤をかけて洗い出した。
今日の店長は機嫌がいいのだろうか、まさか本当に手伝ってくれるとは……。
「君達がここに来たのは、やっぱり今いない彼女のことかい?」
「……ええ、そうです、まさかこの国の王女様だったなんて、初めて聞かされた時には驚きましたよ」
「そうだね、俺もこの王都に来てまもなく、あの子が王族の馬車に乗っているのを見たときは驚いたよ、俺は一国の王女様にメイドをやらせていたのか、ってね」
確かに王女様にメイドやらせてたなんて凄いことだよな。
「……まぁ、頑張りなよ、相手は一国の王女様だし、相当手強いだろうけどね」
とオレがサエを連れて帰る意図を悟ったかのように、オレを励ました。
「はい、絶対に説得してみせます」
──それから一週間が経ち、この店は王都で結構評判な店となった。
そんなある日、ポップで明るいこのメイド喫茶の中に、一人の兵士らしき人が入ってくる。
それを裏方でちらっと見たオレは、そいつの顔を見て目を疑う。
その一人の兵士はケルベルトとかいう、スタットでリッカを迎えに来たやつだった。
「「「──お帰りなさいませ、ご主人様!」」」
サエ以外のメイドのみんながケルベルトを出迎える。
まずい、兵士ってだけでもやばいのに、オレとサエの顔がバレているケルベルトがまさかこのメイド喫茶に来てしまった。
サエはケルベルトの顔を見て、すぐさまオレが裏方仕事をしている所に逃げてきてくれた。
「──な、なんであの人が……」
サエが逃げてきてくれたことにオレはホッとため息をつく。
その状況を見ていたアンリィは疑問に思ってこっちにを見て、こちらに歩き出した瞬間。
「──ちょっと待った! そこのメイド、俺に尽くせ、お前にはその権利をやろう」
「えっ? わ、わたし?」
「ああ、お前だ、今日のオレは非常に機嫌が悪い、お前が出来ないというのなら、この店を潰してお前は死刑にする」
今日も偉そうなケルベルトにアンリィは目をつけられてしまったらしい。
「この店を潰す!? 死刑!?」
「ど、どうしましょうお兄ちゃん! アンリィさん、あの人に目をつけられちゃいましたよ!」
「いつもいつも厄介事ばかりに巻き込まれやがって! よりにもよってケルベルト……もうアンリィがやらかさないことを祈るしかないぞ!」
「──どうぞ、お絵描きオムライスです、どうぞごゆっくり召し上がって──」
「──舐めてんのか!」
突然ケルベルトとが席を立ち激昂する。
無理もない、ここはメイド喫茶なのだから、いろいろとお約束があるだろうに。
「すみません、この子まだ一週間も働いていない子なんです」
先輩メイドがアンリィを庇うように前に出て、頭を下げた。
「そんなこと知ってるよセレシィちゃん、俺はこのメイド喫茶の常連なんだからさ」
「……そうよね。アンリィちゃん、おまじないよ!」
どことなく真剣な目をする先輩メイドを見て、アンリィは何かを決意したかのように拳を握った。
「うぅ、じゃあ、おま、おまじないをかけますね……私に続けて一緒にやってくださいね」
うんうん、と頷くケルベルトとは裏腹に、顔を真っ赤にしながらアンリィはメイド喫茶のお約束をするアンリィはどこか新鮮だった。
ひどい仕打ちってまさかこの事なのかなとか思いつつアンリィを見ていると、なんだかこっちまで恥ずかしくなってくる。
でもこのメイド喫茶の運命が掛かっているんだ、頑張ってくれよ……。
「お、おいしくなーれ」
「おいしくなーれ」
「おおいしくなーれ」
「おいしくなーれ」
……ノリノリだなこのおっさん。
「……も……萌え……萌え……き、ききききき、きき、キューン!」
「萌え萌え、キューン!」
…………。
「お、おいしくなりましたよ、ではごゆっくりどうぞ……」
「ふふ、仕方ないからそうさせてもらおう」
このおっさん完全にやられてるぞ。
ケルベルトは鼻の下をのばし、完全に頬が緩んでいた。
サエはケルベルトが雰囲気に和みすぎているのを見て若干引いている気がする。
でも、メイド喫茶ってこういうものだから、ケルベルトの気持ちも分からなくもない。
というか分かる。
オレは今度客としてこの店に来てみようとか思った。
「──あぁ、美味かった……だけどよ、この店は今日でしまいだな」
ポツリとケルベルトが聞き捨てならないことを……。
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