第19話 鍛冶屋の変態に制裁を!

 「──えっ? リッカさんが!?」

 「あぁ、ついさっき王国に帰っていったよ」


 ──オレ達は今、オレの武器を買うために町を歩いていた。

 そしてアンリィにもリッカのことを話していた。


 「まさか、リッカさんが王女さまだったなんて……。確かに炎魔法を見るのは初めてだったのだけど、まさかそういう繋がりだったなんて……」


 とアンリィはボソボソと呟いていた。


 「やっぱり炎魔法って珍しいものなのか?」

 「ええ、王国が法で二十年前に禁止した魔法なのだから、十代で使える人はいないし、二十年前に習得していたとしても使ったら死罪になりかねないから。だからリッカさんはかなり特別な存在。……あっそろそろ見えてくるわよ」


 オレが残念なやつだと思っていたリッカが結構な逸材だったとはな。

 


 「──お、おい、ここで本当にあっているんだよな?」

 「ええ、ここが私の常連の鍛冶屋よ。何かおかしかった?」


 ここら辺は町の中ではかなり賑やかな場所だったのに、何故かこの店の入り口辺りだけ人気が一切ない。それにとてもが二回つくくらいにボロボロだ。


 「あのさ、ここの店だけ町の雰囲気との違和感すごいんだけど。本当にあっているんだよな?」


 オレはこの人気の少なすぎる武具屋を不安に思い、もう一度尋ねるが、アンリィはニコリと笑ってオレの手を掴み。


 「一度入ってみればわかるって」


 そう言ってオレをそのまま店の中に連れていった。

 サエが隣で頬を膨らましてオレから目を逸らしていた気がしたが、多分気のせいかな……。


 「──私はエルフのこと嫌いです……」


 これはサエが誰にも聞こえないように言った言葉だった。

 

 

 「──こんにちはおじいさん」


 そう言ってアンリィは気軽に店長に話し掛けた。

 どうやらアンリィがこの人気の少なすぎる店の常連というのは本当らしい。

 ちなみにオレは今もまだ手を握られている。いや、異世界っていいな。


 「ああ、いらっしゃいアンリィちゃん。……それと横のお前は誰だ、出ていってくれ」


 おっと、この店主変な人だぞ大丈夫か?


 「聞こえなかったのか? 男は帰れ帰れ!」


 今の言葉を言われてこの店だけ人気が少ない理由がわかった気がした。

 突然こんなこと言う店長の店なんて誰も入りたがらないだろう。


 「あのね、おじいさん、今日は私じゃなくて、このスズキヒラガさんの武器を作って欲しいの」

 「なんでこの俺がどこぞの知らない男の件を作らなきゃならんのだ」


 いやいや何を言い出すんだこのオッサン。それが仕事なんだろうが。


 「お願いします!」

 「そうは言われてもな……、まだこの店に残っているのが沢山あるからな……」


 アンリィに手を握られていることばかりに意識を持っていかれていたオレは店を初めて見渡す。

 するとこの店長が客を追い返そうとすることを辞めれば、結構売れそうな鉄のムチやトゲの着いたムチや……ん?


 「……ええっと、この店ってムチしかないのか?」

 「ムチしか、だと? ムチがあればいいだろ! ムチでモンスターを殴る時の感覚こそが一番たまらないものだろ!」


 え?


 「ほらアンリィちゃんも言ってやってくれよムチの素晴らしさを、ここの店に初めて来た時、アンリィちゃんは言ったんだよ。このムチの強度がとてもたまらないです、ってな」


 なにこれ何かおかしい。

 オレはアンリィに繋がれている手を退けて、そのまま店を出た。



 「──あ、お兄ちゃんおかえりなさい。いい武器は買えましたか?」

 「それがな聞いてくれよサエ、ここの店──」

 「どこへ行く! まだ武器を貰ってないだろ!」


 アンリィはたまに口調が変わることがあるよな、と思いながらオレは店に引き釣りこまれた。


 「お兄ちゃん!? ……」

 

 「──おい、オレはムチじゃなくて剣が欲しいんだよ。だからこの変態店長のムチ専門店には興味はない」

 「だれが変態店長だ! お前そこでケツ出して土下座しろ! 今そこのムチでぶっ叩いてやる!」

 「あ、あの、叩かれるのは私でいい。いや、私がいい!」


 ……何この会話。オレもう武器なんていらないから帰りたいんだけど……。


 「そ、そうか、叩かれたいのならやってやる」

 「……え? やるのあんた? 正気か!?」

 「こ、こい! 私はどんな気にも屈しずあっ……」

 「やめて欲しかったらこのムチを買うくらいのムチ愛好家になるんだな! おらっ!」

 

 …………。


 「──お買い上げありがとうございました!」


 最後の挨拶だけは一丁前だったな。


 「──お兄ちゃん、おかえりなさい。いい武器は買えましたか?」

 「それがな、今回オレが買いたかったのは剣とかだったんだけど、ムチを買わされてだな……」

 「いい買い物ができたな」


 そんなわけないだろ……。

 アンリィが叩かれるのは私がいい、とか訳の分からんことを口走らなければ、もっと簡単に事が収まった気がする。

 暴走店長に叩かれながらあんな涙目で見つめられると早くやめさせなければいけないだろ。

 あーあ、こんな訳の分からん武器をかわされてしまった。


──だがオレがこんな結末で終わらせるわけないだろ?



 ──次の日の朝。

 昨日のメンバーで再びこの鍛冶屋(仮)のムチ屋に来ている。

 だが今回はオレ達三人だけではない。


 「──ごめんなさい! ヒラガ様ごめんなさい!」


 あの店長が泣いて土下座して謝る姿はいい見ものだ。

 この店に信用など最初からない。

 だからあることないことを警察にペラペラと話してやったのだ。

 例えば店長がオレの仲間を拘束してムチで叩きつけていたとかな。


 「アンリィさんの体に本当にムチのあとがあるじゃないか!」

 「そ、そんな馬鹿な! そんなに過激にはやっていないぞ!」

 「今過激にはと言ったな? ……言いがかりはよしてもらおう。さあ立て、話は署で聞こうか」


 店長の言う通り、驚くことにあれだけ叩かれていたというのにアンリィには傷一つなかった。

だがオレがアンリィの胸に傷らしき絵を描いておいたのだ。


 こんなに上手く描けているのはオレが中学の頃元美術部だったからだろう。

 そのせいでオレの高校生活は滅茶苦茶めちゃくちゃになったのだが、今はその話はどうでもいい。

 まさかこんな所でオレの絵の上手さが使える時が来るなんて思ってもいなかった。


 わざわざアンリィの胸に傷の絵を描いた訳ではない。多分ない。うん……。

 オレは昨日の出来事を思い出しながらそんなことを考える。

 

 ──時は遡り昨日の夜。


 「──む、胸に絵を……?」

 「ああ、さっきの店長がオレの仲間にこんなに酷いことをしたんだ。オレがほおって置くわけがないだろ? だから明日あの店長に罰を与えるんだ。結構罪は重くするためにアンリィに絵を描くんだよ」

 「そ、そうなの? それなら仕方ないかな。……仕方ないんだよな?」

 「ああ、仕方ない」


 即答して道具屋で買ってきた筆を持つとアンリィは目を瞑った。

 ん? 何だこの状況……なんだかとてもいけないことをしている雰囲気なのだが。

 どうしよう、辞めておこうかな。

 いや、やるんだ鈴木平賀すずきひらが! あの店長に仲間、いや友達がいじめられたんだ。

 高校生になって初めてできた友達。いやオレはもう高校生じゃないか。


 「あ、あの、まだか? というかこういうプレイも悪くないとか思えてきた私はどうかしているのだろうか」


 いや、今までの雰囲気台無しだよ。


 「それはお前がただの変態だっていう証拠だ。もういい、今から描くぞー……」

 「あの、もういいとはどういう……ま、まぁいいか」


 オレは筆を胸に当てて、絵を描いた。

 とても痛々しそうな血の滲んだような色で。


 「こ、これは凄いな、とても痛々しく見えるぞ。ヒラガは画家の才能があるんじゃあないか? 今からでも遅くはないぞ」


 異世界まで来て画家やってる奴なんていないだろ。


 「──あ、あの、胸が、すごくこそばゆいのだけれど……」


 な、なんでそんなこと言い出すんだよ!

 オレだって本当は高校生の男子なんだ。変に意識とかしちゃうだろうが。

 

 ──と、なんだかんだあり。

 アンリィが過度な暴行を受けたことを証明するために、とても大げさに盛っているがこれくらいが丁度いいだろう。


 「──お兄ちゃん、これって捏造ってやつなんじゃあ……」


 とサエがオレの耳元で小声で呟き、なんだか申し訳なさそうな顔をする。


 「あいつがアンリィを叩きつけたのは事実なんだ。昨日もいったろう?」


 オレも小声でサエに呟く。


 「私はあの店のムチ、いや店長のムチの叩きつけを結構気に入ってしまったのだが……」

 「変なことを口走るな! 話がややこしくなるようなことは言わないでくれ。もうさっさと行くぞ」

 

 ──自分が被害を受けずに徹底的に相手を倒す。

 これが仲間、いや友達を傷つけられた時の、鈴木平賀すずきひらがの仕返しのやり方なのかもしれない。


 「元はと言えばアンリィちゃんが叩いてくれって言ったからで!」

 「署で聞くと言っているだろ」


 ──オレ達はそんな声も気にせずにギルドに向かった。

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