第9話 オレ達お金がないんだよ!

 ──世紀末戦士達からやっと逃れたオレはギルドに帰ってくる。

 あたりはすっかり夜になっていて、視界がかなり暗い。街灯がいとうなんて一つもない。こういう所はまだ技術の発展が遅いのだろうか。

 だが外からでもわかるくらいにギルドの中は明るく騒がしく、大盛り上がりしていた。


 ──そしてオレはギルドの扉を開ける。


 「ぷはぁ! もっと! もっと持ってきなさい!」


 誰かが飲み比べをしているらしい。未成年の俺には縁のないことだな。


 「じょ、嬢ちゃんまだ飲むのかい?」

 「もっと、もっとよ!」

 「そうか、わかった。俺にもくれ!」


 オレがそんなことを言っている人の顔を見ると、そこにはエルフのアンリィと、女たらしのセントが飲み比べをしていた。

 ちょっとエルフのイメージぶち壊してないだろうか。オレのイメージするエルフはもっと……。


 「ヒラガ、やっと帰ってきたわね」


 人が混雑していて最初わからなかったが、視線を下に向けると、そこにはリッカの姿があった。


 「リッカって本当に小さいな」

 「な、なによ。ちょっとは心配してあげたのに、そんなこと言うの? もう知らないんだからね」


 オレがそんなふうに笑いかけると、リッカのツンデレな言葉が返って来る。


 「お兄ちゃん、心配したんですよ! もう、帰ってこないのではと……」


 サエは涙目になりながら、メタルスライムのベムを抱えてオレに言うと、片手でオレの手を握る。

 『もうすぐで犯罪に手を染めて本当に帰れなくなってたところだよ』などと言うとよけいに心配されそうなので言わないでおこう。

 やっと帰ってきたんだな……。……なんだかんだここが一番落ち着く。


 「セントさん、そろそろ私意識が……」

 「おっと大丈夫かアンリィ? なかなかいい相手になったぞ。まぁ俺はまだまだいけるけど!」


 二人の飲み比べはギルド内のいい見せ物になっている。サエ達も先程からあの戦いを見ていたらしい。


 「ねぇ、今日は私の家に来てもいいから、私の勝ちにしない?」


 アンリィはそう言って自分の胸をセントに押し付ける。


 「あ、ああそうだな。今日はアンリィの勝ちでいいよ」


 言いながらセントは視線を逸らしながらもにやけている。

 ちょろいなセント。てか、アンリィ何してんだよ! オレの中でのエルフのイメージが……。


 「ちょっと、勝負が見えないんですけど! 手を退けなさい!」

 「お兄ちゃん、今何が起きてるんですか」


 オレは咄嗟にサエとリッカの目を手で覆っていた。こんなのサエ達に悪影響だ。

 というのは前置きで、オレは今とてもにやけている。また変態とか叫ばれたらたまったものじゃない。

 そして今日、オレの中でのエルフのイメージはクソビッチに変わってしまった……。

 


 ──オレは今タダで泊めてくれる宿屋を探している。宿屋に泊まるお金はなく、借金まであるオレ達は野宿もままならない。

 だがそう見つかるわけもなく、オレ達は夜をさまよう。


 「お兄ちゃん、絶対に話さないでくださいね」

 「わ、私は怖いわけじゃないのよ。これは変なのが居たら直ぐにヒラガを身代わりにする準備よ」


 ツンデレは帰れ。オレは素直な子が好きなんだよ。サエみたいな純粋でいい子が。

 ……でも、この状況も悪くはないな。

 オレは今両手を美少女達に手を握られている。

 こんなラブコメイベントがあるなんて、異世界に来てよかったと思える瞬間だ。


 「ちょっと、あの家とかどうなの。ほら、まだ明かりがついてる」

 「そうだな、行ってみるしかないよな」



 ──オレ達は明かりがついた家の扉をノックする。


 「なんだか、寒くなってきました……」


 サエは体を震わせながら歯をガタガタさせて言った。

 確かになんだか寒くなってきた。この世界は今、冬なのかもしれない。それにしてはこの世界の人達は薄着の人達が多いのだが。


 「サエ、まさかこの町にいて知らないか?」


 今までサエに抱かれて幸せそうにしていたメタルスライムのベムが、突然話し始めた。


 「この町には色々なスライムが出現して、この時期の夜は特にアイススライムの動きが活発になるんだ。その影響でこの町の冬は異常に寒いんだよ」


 そんな厄介なスライムがいるとは。オレが退治できるのならしてやりたいが、スライムは嫌だ! これは絶対変わらない。


 「そう言えば今頃はこの町の救世主たちがアイススライム討伐を始める時期なのだけれど、今年はまだのようね」

 「そんなのがいるのか。『救世主たち』か、それはすっごいやつなんだろうな」

 「そんなわけないじゃない。普段は貴族の家に集団で盗みに入って町を騒がせる悪党なのよ」


 ……ん?


 「それってもしかして見た目は世紀末と言うか、なんだか見た目の怖いやつらのことか?」

 「世紀末というのはどういうのかは分からないけれど、多分そうよ。あいつら私の家、の近所も襲ってきて……」


 そんなに活発に馬鹿やってたとは知らなかった。オレにはアイツらが『町の救世主たち』とは考えられない。

 

 そうこう話し込んでいるとき、ガチャ! という音がする。

 おそらくノックした家の扉の鍵が開いた音だろう。


「どうぞ!」


 いいのかな? とオレ達は顔を見合わせた後、ジャンケンをして扉を開けることにする。


 「ジャンケンッ!」

 「「ポン!」」

 「バカー!」


 ……。


 掛け声おかしくないか? 異世界だから? いや違うだろ……。

 オレはグー。

 サエはチョキ。

 リッカは両手でカタツムリをつくった。


 「ふざけてるのか!?」

 「ふざけてるのはそっちでしょう! あなた達ジャンケンをなんだと思っているの?」

 「あの、まだー? おーい……」

 「なんだよ、ジャンケンはジャンケンだ。グーチョキパーのな!」

 「グーチョキパー? 聞いたことないわ。あなた本当にこの世界の住民なの?」


 そんなことを言われたオレは一瞬ヒヤッとしたが、話をそらすように。


 「バカーってなんだよ! それの方が聞いたことないね」


 「ちょっとあんたらいつまで待たせる気だ!? 入って来いって言っただろ!」


 扉が開き、縄を持った男が言いながら出てきた。

 ジャンケンの話をしていて、本来の目的を忘れていた。オレ達はタダで泊まれる宿を探していたのだった。

 ……てかこの人はなぜ縄を──。


 「……って、あなたはこの町の英雄、カシラ頭!」


 突然驚いたようにリッカが言う。

 かしらかしらって、どこかで聞いたような……。

 そのときオレは緑髪のでかい帽子とマフラーをしていた美少女カレンの言葉『かしらかしらかしら』を思い出す。そして男の顔を見る。


 「あ、あの時の世紀末戦士の人か!」


 私服で全然わからなかったが、確かにあの人だ。そんな気がする。

 今思えば、カレンの言葉は『カシラ頭かしら?』と言っていたのだろう。

 というかこの人は確か貴族の家に侵入した時に捕まったのでは……。


 「……あ? なんだその世紀末戦士ってのは!」

 「──ごめんなさい!」


 縄を持ったカシラ頭が突然怒り出したので、オレは咄嗟に謝る。


 「ていうか、あなたは捕まったのでは……」

 「うるせぇ!」

 「──ごめんなさい!」


 そんなやり取りをしていると──。


 「ヒラガ、いいえ、ヘタレが何も分かっていないようだから説明してあげるわ。彼らははこれでも英雄なの、これでもいざとなったら頼りになるのよ。だから警察は一度捕まえてもなんとも言えないのよ。それに彼らの盗みの成功率はゼロだし」


 おい、本人目の前にいるんだぞ! てかヘタレってなんだよ! 謝れ!


 「これでもって言われると俺でもメンタルが……。てか盗みの成功率ゼロとか言わんでくれよ」


 ん? この町の人は皆女性に優しいのか? なぜ怒鳴らない? まさか差別。差別はオレが許さんぞ!


 「──あの、すみません。それは何に使う縄なんですか?」


 そんなことを考えていた時、オレの妹サエが禁句に触れた。誰も言わなかったが誰もが気になっていた謎の縄の存在。

 入ってこいと言ったカシラ頭が縄を持っているんだ。これはどうせ入ってきたオレ達を拘束して──。


 「これは次郎丸じろうまるの手網だよ」


 ……。


 「俺の愛犬次郎丸の手網だよ」


 カシラ頭がそう言った瞬間、まん丸とした可愛らしい犬、次郎丸が走ってきた。


 「あぁじろう〜、もうちょっと待てって言ったのに〜、今お客さんが来てるからね〜」


 ……。


 こんな光景を見せられたオレ達はどうすればいいのだろう……。

 

 ──オレ達は三人とも揃って棒立ちしていた。……それも十分ほど。いい歳したおっさんが何をやってるのだろう……。


 「あぁ悪いな嬢ちゃん達、次郎丸の魅力に存在を忘れていたよ」

 「あ、はい。それで私達、あるお願いがあって……」

 「……お願い?」


 カシラ頭は次郎丸を撫でながら、首を傾げる。


 「はい。今日、この家の隅でもいいので寝床を貸してください」

 「……うん。わかった。可愛らしい嬢ちゃん達の頼みは聞こう」

 「「ありがとうございます!」」」


 とにかく嬉しそうにオレ達はお礼を言うと、家の中に案内してくれる。だが……。


 「何サラッと入ろうとしてんだ?」


 サエとリッカに続いてオレも部屋の中に入ろうとたが、それをカシラ頭に引き止められた。


 「えっ……」

 「だから、何サラッと入ろうとして──」


 オレはちょっと涙目になる。こんな、こんな不平等な事があってたまるか!

 そんなオレをリッカは面白がってみている気がした。


 「あの、お兄ちゃんも入れてください!」

 「なっ……」


 サエは少し怒り気味な声でカシラ頭に言い出した。それに驚きカシラ頭は声を上げる。


 「お願いします!」


 サエはカシラ頭に頭を下げる。それからサエは頭を上げずに、下げ続ける。

 オレはそんなサエを見て、サエがまるで天使のように見える。優しい、優しすぎる。


 「わっ、わかったよ嬢ちゃん。だから、顔を上げてくれ」

 「ありがとうございます!」


 ──やはり、オレの救いは妹だけなんだよ。

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