第200話 ゼルド・ブラドー


その頃、オリタリアの東から1日ほどの距離に位置する旧イズモニアの名も無き村の辺りでのことだ。


「向こうだ!! 向こうへ行ったぞ!!」

「早く捕まえろ!!」


10人くらいの黒い燕尾服を着た者が忍者のように森の木々に飛び移り何者かを探している。


「そっちだ、そっちへ行ったぞ!!」



「私はなぜこんなにもタイミングが悪いのだ!

 一刻も早く城に、姫様にご報告ををしないといけないのに!!」


伯爵は歯軋りをした。

セキジョーダンジョンでゲートを使えなくても1週間ほどあれば空を飛んで余裕でクリムゾン魔国に戻れるはずであった・・・・


こんなはずではなかった!

と何度思ったことか。

ガルメニア軍に遭遇することも多々あったが、一番厄介なのは今追いかけてくる一団であった。

この一団から何度と無く追いかけられる事はあったが今までとは熱気が異なっていた。


「ミリア様もそろそろ適齢期ということか・・・・・」

伯爵はつぶやいた。


サキュバスの館を使って連絡しようとしても旧イズモニアには首都であるワセンにしか置かれてはいなかった。

そのワセンは今や完全にガルメニアの支配下にありサキュバスの館へ行っても誰もいないことは明白だった。

宰相閣下の命令の下、危険なことがあったら速やかに退避することが徹底されている。



「ゼルド様! 足止めのために攻撃許可を!」


「う~~ 仕方あるまい! 攻撃を許可する」


追っ手の指揮官であるゼルドは分かっていた。

部下達が攻撃をしても足止めにもならない事を。

そして、ヴァンパイア・ナイトの称号を持つ自分でさえも捕縛する事は難しいということも。


ゼルドは空に舞い上がり手の者達が攻撃を仕掛けている場所を探す。

木々の間から時折、剣がキラリと光のが見える。

が、捕縛相手が剣を抜いている応戦している様子は見えない。

自分の部下たちが一方的に仕掛け、軽くかわされてい様子が目に浮かぶ。


「仕方あるまい・・・

 お前たち、退避しろ!」」


とゼルドは数十発の炸裂弾であるブラストの魔法を地面目掛けて唱えた。

地面に着弾すると爆発音と共に白い煙が舞い上がった。


「やはり手応えは無いか」


煙が収まると自分より高い位置に一人の男が宙に浮いていた。

ゼルドはその男を見上げると男が口を開いた。


「ゼルド! やりすぎだぞ! 無駄に自然破壊をして何とする!」


「こうでもしないとあなたを捕らえることは出来ないでしょ。

 あなたが逃げなければ、こんな事はしませんよ! ジルド・ブラドー!!

 いえ、兄上!」


伯爵は何百年ぶりかに弟であるゼルドを見た。

1000年位前の自分を見ているような気分になると喜びとも苦笑いともつかない笑みを浮かべた。



「兄上! 真祖のヴァンパイアであるミリア・アルカート様がお待ちです。

 我らの城へお戻りください」


「断る! 私はクリムゾン魔国の紅姫様にお使えしている。

 私の忠誠心のすべてを紅姫様に捧げている」


「何を言っているのですか!

 婚約者であるミリア様をどれくらい待たせれば良いのですか!」


「私ではなく、お前がミリア様と婚姻すれば良いではないか!

 丁度良い、年齢じゃないか」


「お戯れを! 

 真祖のヴァンパイアであるアルカート家から選ばれたのですよ!

 こんなに名誉なことはありません!

 分かっているのですか!!」


「私は自由に生きたいのだ!」


「兄上の自由とは、ミリア様から逃れることではありませんか!!」


うぐぐ と呻いた後に


「あんなワガママな姫様は願い下げだ!

 私はお前のように我慢強くないのでな!

 忍耐力の高いお前こそがミリア様の婿に相応しい!!」


ミリア・アルカート。

真祖のヴァンパイアであり次期ヴァンパイア族の女王に内定している。

ヴァンパイア族は特別に国など持っておらずハルフェルナに広く分布しているが旧イズモニアの北部一帯に居を構えている。

ヴァンパイア族の祖先を辿ればすべてアルカート家に行く着くのだ。

アルカート家の城は旧イズモニアの北に位置しており目と鼻の先の距離であった。

ジルドはミリアが幼い頃から護衛を勤めミリアが一方的に婚約した経緯があった。

そう、よくあるアレだ。

年下の女の子が年上の男の子に憧れるってヤツだ。

そしてミリアは・・・・・・というような問題の多い姫君であった。

それが分かっているジルドは逃げに逃げた・・・・・そして今に繋がるのであった。


「私はあんなに協調性の無いワガママ娘は遠慮しておく!」


「アルカート家の姫様に向かってなんて失礼な!

 兄上といえども許せません!!」


「ゼルドよ!ヴァンパイア・ナイトになったそうだが、私を捕まえることが出来るかな?」


ヴァンパイア・ナイトとは真祖のヴァンパイアたちから認められた最強のヴァンパイアに与えられる称号であり、数代前はジルドが受け、今代はゼルドが受けていた。

ヴァンパイア・ナイトはほぼすべてが真祖のヴァンパイアであったが真祖では無い者がなったのはジルドが初めてであった。

いや、真祖でない者はジルドとゼルドのブラドー兄弟だけであった。

 

「昔のままの私ではありませんよ!!」


というとゼルドは威勢よくブラドーに空気を斬り裂きながら飛びかかっていった・・・・・


のだが、結果から言おう。

逆は可能かもしれないが、ゼルドがジルドを捕まえる事は不可能なのだ。

二人の実力差は誰も目から見ても明らかなほど開きがある。

ゼルドも歴代のヴァンパイア・ナイトと比べれば有数の実力を持っているのだがジルドの足元に及ばなかった。

唯一、捕縛できるとしたら辺り一面ニンニクを撒き動きを鈍らせることだった。

以前カミラーズ人に捕まったときもこの方法で捕縛されたのであった。

同じヴァンパイアならニンニクを使うことが出来ない。

周りに他の種族がいなかった時点でジルドの勝ちは決まっていた。


ジルドは軽くゼルドをいなすとガルメニアの方角へ逃げていった。

捕縛に失敗したゼルドであったがジルドがオリタリアからワイハルトを抜けてクリムゾン魔国へ戻るルートを想定していたので南に位置するガルメニアへ向かわせ遠回りさせるのに成功した。

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