第193話 前線基地



リピン国とワイハルト帝国の境にあるラシュタ森林の一角にクリムゾン魔国の獣王率いる先鋭部隊が鎮座している。

森の中に溶け込むように緑と茶色にカモフラージュされたテントが立ち並んでいる。

そこに一際大きなテントからマントを羽織った一人の人間の騎士が出てきた。

その騎士はテントの方へ向かって綺麗な礼をすると後から騎士より遥かに大きなライオンの獣人が出てきた。

様子から察すると見送りのようだ。

ライオンのような獣人は威厳を持つ立派な鬣をしており、その鬣から二等辺三角形の形をした耳が突き出ていた。

が、右耳は飛び出していたが左耳はなかった。

右の頬にも大きな傷が残っていた。

その傷が歴戦の勇者・猛者と言う雰囲気を見る者に与えている。


「獣王様、この度はありがとうございました。

おかげでワイハルト帝国を国境付近まで追い返すことが出来ました。

 国王、将軍も大変感謝しておりました。

 紅姫様にもよろしくお伝えください」


とマントを羽織った騎士は深く頭を下げた。

2週間かけてワイハルト帝国軍はリピン国の首都目前まで侵攻していた。

それをクリムゾン魔国は僅か3日で国境まで押し返した。

その最前線指揮官を任されているのが獣王と呼ばれる巨大なライオンの顔をした亜人だった。

「獣王が通った後には、ぺんぺん草1本も生えていない」と人間界では恐れられていた。


その獣王は騎士に


「今頃、我が国からサキュバス部隊による補給がリピン国王の元に届いているころだと思う」


「ありがとうございます。

 どうか紅姫様に深い深い感謝をお伝えください。

 将官はこれにて!」


とリピン国の騎士は颯爽と馬に乗り一際大きいテントを後にした。

騎士と入れ替わるように2mほどのナマズのような長い髭を?・・・・・・いや、龍だ。

小さなうろこに覆われた龍の顔をした老人が巨大なテントへやって来ると巨漢なライオンの獣人は頭を下げ出迎えた。


「これは龍王殿。遠路はるばるありがとうございます」


「獣王、出迎えご苦労」


「今、リピン国の騎士を見送ったところです」


「レッドドラゴン10頭、連れてきた。

 自由に使ってくれ」

龍はナマズのように長い髭を自慢げに触りながら答えた。


「それはかたじけない。

 我々は魔法を使えるものが少ないゆえレッドドラゴンの炎のブレスは助かります」


ライオンの顔をした大男は龍の顔をした老人をテントの中に案内すると椅子を勧めた。



「して、越境してワイハルトと事は成さないのか?」


「宰相閣下の命令無しにですか? そんなことしたら」


と獣王は両手を広げ肩を竦ませた。


「獣王とは思えない慎重さだな。ハハハハハ」


「止めてくださいよ。

 宰相閣下を怒らせると説教がどれくらい続くか分かりませんよ」


「ハハハハハハ。獣王を恐れさせるとは流石だな。我らの宰相閣下は」


「龍王殿はあの『机叩きの恐怖』を味わってないからですよ。

 下手すると1時間くらい机をバンバンと叩き怒鳴り散らされるのですから・・・・・

 子供の頃から何度叱られたことか・・・・

 トラウマですよ、トラウマ」

と獣王はテーブルに肘をつきながら頭を抱えながら言った。


「ハハハハハハ、この世界で唯一、紅姫様を悶絶させた者とは思えない発言だ。ハハハハハハハ」


「止してください。姉御を悶絶なんて伯爵の前そんな事を言おうものなら命が幾つあっても足りませんよ」


「ハハハハハハ、そうじゃったな。そうじゃったな」

大声を出して楽しそうに龍の顔をした老人が豪快に笑う。


「伯爵は我らの城に戻られましたか?」

獣王はそれまでとは異なり真面目な顔をして龍王に聞いた。


「いや、我が城を出たときには戻ってきてなかったな」


「本来ならとっくに戻ってきても良さそうなものですが・・・・・

 何かあったのでしょうか?」


「伯爵のことなら心配は無用だろ。

 我が国とイズモニアの間にワイハルト帝国、オリタリア共和国があるのがやっかいだな。

 情報がどうしても途切れてしまう」


「ゲートを使えば移動も楽なはずなのですが・・・・・

 ゲートを使えない理由があるのでしょうね」


「ゲートか・・・・・」


獣王、龍王は紅姫がいつもゲートを使うとの仕草を思い出した。

それは殆ど儀式と言って良いものであった。


「姉御がゲートを使うとき、前に跪き、額をゲートに押し当てた後に口づけをする。

 情けない話だがいつも泣いてしまう。

 もう何度も見たが・・・・・何度も見たが・・・それでも涙が溢れてしまう」


「それは仕方あるまい。

 マルベラス・死の大行進・・・・・・・」


龍王は言葉を発したあと、しばらく無言になった。

そして、



「ご自分の手で友人の聖女様に手を掛けたのだからな」


 

いつの間にか 朱殷城しゅあんじょうにあるゲートは『聖女のゲート』と呼ばれ、使うとき臣下のすべてが一度、跪き頭をたれるのが儀式になっていた。

龍王と呼ばれる男は続けた。


「あれほどの災害は無かったからの。

 人間どころか獣人、魔族、龍でさえもアンデッドになってしまったのだから・・・・・・」


「それもすべて邪神・アリーナの仕業!!許さん!!」

獣王は目の前にあるテーブルを叩き怒り声をあげた。


「獣王、そなたの傷も元はと言えばアリーナが一枚噛んでおったな」


「そうです!

 が、俺の傷などより姉御の心の傷の方が遥かに大きい!

 俺は許さない!あの悪魔を許さない!!」


「それは我ら龍族とて同じ。

 あの邪神のせいで龍族は殆ど全滅。

 我を残してもう数人・・・・・許さん!!」


龍王は一呼吸置いて続けた。


「我の心がもっと強ければ・・・・

 あそこまで被害は拡大せんかった。

 我の心の弱さを姫様に押し付けてしまい・・・・」



「龍王殿、それは仕方の無いことかと。

 ご子息を自分の手で殺めるなど親なら躊躇われるのもいたしかたないことかと。

 俺もそんなこと・・・・・・・」

ライオンの男は両手を握り締め俯いた。

 



しばしの沈黙の時間が流れた。





その後、龍王が口を開いた。


「ところで、そなたの子息、息女は今回が本格的な初陣だそうだが大戦果と聞いたぞ」


「なんとか役に立っているようです」


「何謙遜しておる。我が軍一の部隊・獣王隊の長らしくない謙遜じゃな。

 末妹の極大魔法の後、長男、次男が突撃してワイハルト軍の侵略部隊を撃退したと聞いておるぞ」


「まぁ、そうなのですが・・・・

 オオトロ、チュウトロは俺に似て突撃しか出来ない脳筋ですから・・・・

 一番下のアカミもすぐに極大魔法を撃ちたがるので・・・・

 戦略も戦術も・・・・・」


「ハハハハハハ、これはこれは」


龍の顔をした老人は豪快に笑った。


「脳筋・直情は獣王の血筋の代名詞じゃないか。

 獣王も若い頃は突撃と撤退しか無かったではないか」


「止してくださいよ。

 昔と違って今や一部隊を預かる身なので突撃と撤退だけでは・・・・・・」


「何を言う! 獣王よ!!

 獣王部隊は我らの強さの象徴!

 我がクリムゾン魔国は迂回とか回り道とかは不要!

 獣王部隊が直線で巨大な道を作り、ゆっくりと紅姫様に歩いてもらうのが常。

 細かいことは女王や大魔王に任せておけば良いのじゃ」


「宰相閣下の前で、そんな雑な作戦を提案したら『机叩きの刑』に処せられますよ。

 宰相閣下のお説教に比べたら一人でワイハルト帝国に突撃した方が気が楽ですよ」

 

「ハハハハハ、流石の獣王も我らの宰相閣下には勝てないか。

 短い時間だったが楽しませてもらった。

 この後も、補給は滞りなく届けられるはずだ。

 他に何か必要な物はあるか?」


「そうですね・・・・・・・・」


獣王はしばらく考えた後に


「足の速いワイバーンと獣人を乗せることが出来る大型のワイバーンを派遣していただけるとありがたい」



「分かった偵察用のワイバーンは5匹用意できそうだ。

 大型のワイバーンは10匹ならすぐに用意できる」


「ありがたい。お願いします」


「了解した」



龍王は立ち上がりテントを後にした。

獣王も立ち上がり龍王をテントの外まで見送った。

龍王は数m地上から舞い上がるとまばゆい光を発した後、10mを超える手足の付いた蛇のような姿になるとリピン国、その彼方にあるクリムゾン魔国の方角へ飛んでいった。

 

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