第167話 狂気の少年


激闘の末、茜はアリーナを撃退し、ライキンはカイト王を倒すのに成功した。

城も半分ほど崩れ落ち、城下もゴーレムとの戦いで荒れ果ててしまった。

城を囲う城壁も半分近くが崩壊している。

戦いの凄まじさが分かるだろう。

茜たちは少し玉座の間で休む事にした。


「姫様、足の方は大丈夫でしょうか?」


茜は自分でヒールを掛けて立ち上がろうとしたが、少し力が入らない。

どうしてもよろけてしまう。

そして傷も消える事はなかった。


「アリーナの剣は呪いの剣だったのかもしれんな」

フェネクシーに言われ再度ヒールを掛ける。

少し足に力が入るようになった。

そこへライキンが頭から大量の血を流しながらやってきた。


「おぉー 茜、大丈夫か?」


「ライキンさんの方がズタボロねぇ~ ヒール、ヒール、ヒール」


「猿ごときが俺に敵わんよ グゥワハハハハハハ。

 感謝する。お前のおかげで多くの獣人が救われることだろう」


「いいの、いいの。私もこの国は気に入らなかったから遅かれ早かれ、こうなっていたと思うわ」



「茜、大丈夫? ファイレル王国がマズイ事になっているかもしれないわよ!

 急いでファイレル国へ戻らないと」


「そうね! 桃香や理沙が心配だわ!」

と立ち上がるの茜だが、まだ片足を引きずっていた。


「ウルフェン! 後の事は任せた。

 獣人の奴隷を解放しろ!

 まだ、ウオレル兵の抵抗はあるから気をつけろ!

 細かい事はお前の裁量で全てを決めて構わない。

 『北の森』へ撤収させろ!」


「了解しました!」

狼の獣人は姿勢を正し返事をした後、


「ライキン様、どうなされるのですか?」

聞くのであった。


「俺は茜に着いていく。アクアと決着をつける」


「ライキンさん、ありがとう」





と、その時、空を飛ぶ一人の水色の少年が現れた。


「あらら~ お城、壊れちゃったね~

 派手に壊したもんだね~

 おばちゃんがやったのかな?」


茜に投げ捨てられたカミラーズ人の少年だ。

少年はタオル何重にも包まれている何かを持っていた。

タオルを全て剥ぎ取ると獣人の子供が現れた。



「このガキ、ライキンの子供でしょ。

 殺しちゃっていい?? 殺しちゃって! フフフフ」

と言うと短剣を取り出し子供の顔に当てた。

獣人だから成長が早いのだろうか?

一日ほどしかたっていないにもかかわらず生まれたときより明らかに大きくなっていた。


「ネギトロ!!

ライキンのドスの効いた声が響く。


「ダメーーー!ネギトロを傷つけないで!」


「おばさん、この間はよくもビンタしてくれたね。

 この僕に頭が高いんじゃない。

 人にお願いする態度じゃないよね」


茜は姿勢を正し頭を下げながら


「ネギトロを離して下さい」


「何言っているの、おばさん! まだ頭が高いよ。

 地べたに這いつくばりなよ。

 あと、その服は脱いで。剣も捨ててね」


茜は言われたとおりタナの剣を投げロゼのローブを脱いだ。


「ホラホラ、土下座しないとダメじゃない。早く」


茜は言われるとおり土下座をし額を地面につけた。


「ホラ、お詫びを入れなよ。おばさん」


「ごめんなさい。申し訳ございません」


少年は地上に降りて茜の前にやって来ると


「違うでし! おばさん!

『私のようなババーが世界一格好いいラン様に無礼を働き申し訳ございません』だろ!」


「私のようなババーが世界一格好いいラン様に無礼を働き申し訳ございません」


「もう一回!」


「私のようなババーが世界一格好いいラン様に無礼を働き申し訳ございません」

 

ランは茜に近づき頭を踏みつける。


「声が小さいよ、おばちゃん」


「私のようなババーが世界一格好いいラン様に無礼を働き申し訳ございません」

とさっきより大きな声で言う。


「ラン様、ごめんなさい!」


「ラン様ごめんなさい」


「ブス、顔を上げろよ」


と茜が顔を上げた瞬間


顔面に力一杯の蹴りがヒットする。


「うぐっ!」

と呻き声と共に口の中を切り血が飛び散った。

そして仰け反った瞬間、腹に渾身のキックが炸裂する。


「うごっ!」


今度は口から血を吐き出した。


「ババー、痛いか? 痛くないよな」


と茜に問うが茜は何答える事はなかった。

すると再度顔面に蹴り、腹に蹴りを繰り返しうずくまった。

顔が徐々に脹れ上がってくる。

再度、頭を踏みつけながら


「僕が聞いているんだよ? ブス! 答えないとダメだろう」


茜は脹れあがった顔で地面に頭を擦り付けながら


「痛くありません」


と答える。


「あかねーーーーー」

「茜!!!」

「姫様!」

「女子!!」


と加奈たちが叫び声を上げる。


「外野はうるさいよ。殺しちゃうよ!」


「止めて! ネギトロに危害を加えないで!」

茜が懇願する。

その茜の頭をガンガンと2度、3度踏みつける。


「このガキがそんなに大事なのかい? 毛玉じゃないか。

 こんなの殺しちゃってもいいでしょ」


「止めて! ネギトロを傷つけないで!!」


「うるさいババーだな!!」


ランは渾身の力を込めて茜を蹴り飛ばすと玉座の壁に激突した。


「じゃ、殺しちゃおうかな」

ランは短剣をネギトロの左耳にあて削ぎ取った。


「ギャーーーーー」

ネギトロの叫び声が響く。


「うるせーガキだな!」

ネギトロの右頬にナイフを突き立てた。


「ギャーーーーー」



「ズキューーーン!!」



玉座の間に一発の銃弾の音が響き渡った。

茜の撃ったマグナムだった。

ランの眉間の命中し後に体が倒れる。

それはゆっくり、ゆっくりと。

茜は俊足で倒れるランに近寄りネギトロをランの腕から取り戻した。

ランは二度と動く事はなかった。


「ヒール、ヒール、ヒール、ヒール、ヒール、ヒール、ヒール、ヒール

 ハイヒール、ハイヒール、ハイヒール、エクストラハイヒール、エクストラハイヒール、エクストラハイヒール・・・・・・・」

茜はありったけのヒールを唱えた。

自分に掛けることなくネギトロに狂ったように掛けた。

何度かけても変わることはないのだが・・・・・意味もなく狂ったように。

幸い出血は収まったが千切れた耳と傷は戻ることはなかった。

神剣のたぐいなのか傷が深いからなのか。



「ネギトロ、ゴメンね。ごめんね。ごめんね。ごめんね」


茜は泣きながら何度も何度も名前を呼んだ。

額から血を流しながら。

口から血を流しながらもネギトロに詫びを入れることが途切れる事はなかった。



ネギトロの泣き声が少し小さくなった。

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