第2話 消えた修学旅行費の謎
先の発言により誤解を招いたかもしれないが、僕はパシられているだけではない。
カンニングによる不正を暴いたり、掃除した桜の花びらをブチまけた犯人を見付けたり、紛失騒動の巻き起こったマスターキーを見付けたり、そういうこともやっているのだ。
なんてったって僕は何でも解決するマンだからね。
僕の名乗りは教師陣にまで広まっていて、一時は危うく学生証の名義まで変えられてしまいそうになったほどだ。何でだ。
そう。当たり前だが僕にもちゃんと名前がある。
「しんちゃ〜ん!」
「あらただっつってんだろが!」
どうしてこいつは常に僕のモノローグをぶち壊しにくるんだ?
なんかそういうチートとか持ってんの?
僕のことをしんちゃんと呼ぶのは空園女史だけ。どういうノリなのか知らないが他の誰かがふざけて僕をしんちゃんと呼ぼうものなら、それはもう烈火のごとく怒り狂うのだ。
『しんちゃんをしんちゃんと呼べるのは私だけですッッ!』
なんて。
それは何だか独占欲めいて、僕をドキドキさせた。
まぁ、財閥のご令嬢(しかも美人)が僕なんかをマトモに相手にする訳がないのだが。
恐らく既に孤立気味の僕を完璧なまでに孤立させ、「お嬢様なしでは生きられません〜〜」みたいなことにしたいのだろう。
「あ、もしや空園くんの悩みというのは”下僕がほしいけど出来ないこと”?」
「そんな訳ないでしょう」
「はい」
そんな訳ないと言われても、僕はそれほど空園女史のことを知っている訳ではないのだ。
無茶を言わないでほしい。
僕が食べ終えた空の弁当箱を布で包み手に持つと、空園女史は当然のように隣に立つ。
そして二人で並んで教室へと向かって歩き出すのだった。
もはや日常と化してしまった空園女史との学校生活は、言うほど悪いものではない。
なんせ道を歩けばすれ違った人みんながみんな振り返るほどの美人である。
そんな空園女史と並んで歩けるということがどれだけのことであるか、理解していない訳ではない。
ただ、それだけに自分が惨めになるような気はしたし、空園女史の悩みがなんであるかも、未だに謎のままであった。
空園女史はといえば、自分の家にはあまりにも厳重すぎて誰も開けられないのではないかというほどの金庫があるのだとか、最新式の超小型金庫の購入を勧められたが断っただとか、一般ピーポーの僕には何のことやらよく分からぬ次元の話を嬉々として紡いでいる。
そんな空園女史を何とはなしに見ていると、何やら上の方が騒がしい。
見上げると、二年生の教室の窓に一人の男子がへばりついていた。彼はクラスメイトたちによって窓際に追い詰められているらしい。
窓ガラスは閉まっていて、落ちてしまう危険性はないが何やら事件の香りである。
しかしわざわざ渦中に飛び込む僕ではない、何でも解決するマンは依頼を受けてから行動に移るのだ。
しかしどうして、僕の身体は勝手に問題の教室へ向かっている。
空園女史が僕の腕を取り、見た目より遥かに強い力でもって僕を引きずっているからであった。
「なんで!?」
「貴方は何でも解決するマンなのですから、学園の問題は何でも解決するべきです!」
「いやでも君子危うきに近寄らずって言うし」
「虎穴に入らずんば虎子を得ずです!」
「虎子得なくていいぃぃぃぃぃぃぃぃ……!」
空園女史が軽快な音を立てて教室の扉を勢いよく開いた瞬間、クラス中の生徒がこちらを見た。
学級委員長?もしくはこのクラスで一番の権力者らしき男子生徒が、怪訝そうな顔をして僕らに歩み寄ってくる。
「これはこれは空園お嬢様。こんなところへ何のご用で?」
流石は空園女史。上級生にまで名前を覚えられているとは。
明らかに”余計な首突っ込んでくるんじゃねぇぞ”的なニュアンスを醸す男子生徒に対し、空園女史はいつもと変わらぬ完璧な笑顔を浮かべて話しかけた。
「何か問題があったのでしょう? こちら、何でも解決するマンが解決しますので何が起きたのか説明してください」
「はぁ?」
待って。
無理無理こわい。
空園女史は平気なのかもしれないが僕は上級生たちからの何だコイツ的な視線に耐えられそうもない。
生まれたての子鹿みたいに脚が震えてしまう。
「……まぁいい。問題といっても、もう殆ど解決してる。俺たちのクラスの修学旅行費が丸ごと消えてしまったんだが、犯人はこいつで決まりだからさ」
その言葉に、周りの生徒たちも同調する。
犯人は
家が貧乏で修学旅行費を払えない谷倉が、修学旅行費を払ったのになくなってしまったと訴えてタダで修学旅行に行こうとしているのだと。
自分の分だけがなくなるのは不自然なため、クラス全員分の修学旅行費を隠した、いや、盗んだのだと。
僕は彼の名前を聞いたことがあった。数々の特許を取ろうとしては失敗し、発明品も商品化されずに借金まみれと噂される”自称天才発明家”谷倉 大吾の一人息子。
「修学旅行費は谷倉以外の全員から俺が預かって鞄に入れてたんだ。体育の授業に向かう前にはあって、授業が終わって戻って来たらなくなってた。保健室に行っていたとか言って、授業が始まる時に一人だけ居なかったお前にしか犯行は無理だ。そうだろ?」
この学園の教室の扉は、教室内に誰も居ない状態になると自動で鍵が掛かり、マスターキーもしくは生徒証を使わないと開かないようになっている。
彼の言うことが真実であれば確かに犯人は谷倉氏で決まりのように思えるが……しかし僕の心はどうにも納得出来なかった。
いつの間にかまた僕たちは空気のようになっていて、皆が彼を再び糾弾し始める。
空園女史は空気になったのをいいことに、教室の中を物色し始めた。
「あら? しんちゃん、これ」
「これは?」
「さっき話したでしょ? これが谷倉博士の発明品よ、うちにも売り込みに来たの。結局買わなかったけれど」
それを聞いて、僕はようやく納得出来た。
脚の震えも、もう止まった。
「ちょっと待ったあ! 貴方の推理、いい線行ってますが一番大切なところが間違っていますよ!」
「は?」
僕は、また注目の中心になる。
コホンと一つ咳をして、言葉を続けた。
「”犯人”、その言葉がそもそも間違っているんですよ。だって彼は、修学旅行費を守ってくれていたんですから」
「守って?」
「そう、少し前にマスターキーの紛失騒動があったのはご存知ですか? 谷倉さんは恐らく、紛失期間に合鍵が作られた可能性を考えたのです。あなたたちが校庭に向かった後、彼はあなたの鞄から覗く大金に気が付いた。そして合鍵の可能性に行き着き、お父様の発明品であるこの金庫にしまった」
「き、金庫……?」
「これは商品化もされたらしいですよ? 初起動時に登録された人間の生体認証でのみ開けることが出来る超小型金庫」
「た……谷倉……」
視線が僕から、また谷倉氏へと移っていく。僕の発言の真偽を問う、そんな視線が。
谷倉氏は耳を澄まさないと聞こえないような声で、その通りだと言った。
そして先ほど空園女史が見付けた手のひら大の立方体を手に取る。
=タニクラシュンサマ、ニンショウ=
電子的な女性の声の後に立方体が展開され、そこには一体あの大きさの金庫のどこに仕舞われていたのかと思うくらいの、クラス全員分の修学旅行費が入っていた。
教室中が微妙な空気に包まれる。
バツが悪そうに谷倉氏に謝罪して修学旅行費の確認をした男子生徒は、金庫から出てきた封筒の数を数えて驚きの声を上げた。
「谷倉、お前……!」
「……はい、ぼくの分の修学旅行費も……お願いします」
僕は空園女史に目配せをすると、教室を後にした。
これ以上ここに居る必要もあるまい。
「いいんですか?」
「何が」
「感謝されたりとか、するのでは?」
「いらないよ、そんなの」
僕は、感謝されたくてこんなことをしている訳じゃない。
ただ、こんなことをするくらいしか、僕には僕を正当化する術がなかった。
それだけだった。
「ふふ、んふふ」
「何」
「いいえ、それでこそしんちゃんだと思いまして」
「バカにしてる?」
「いいえ、とんでもない。そういうところが好きなのです」
空園女史の最後の言葉は、校舎から出た瞬間に吹いた強風にかき消されてよく聞こえなかった。
僕は、空園女史の悩みに繋がる重大なヒントを聞き逃したような、そんな気持ちになるのだった。
「?」
つづく>>
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