第31話 陰キャ最強決定戦③
結果だけを言うならば、アノルールには逃げられてしまった。
今日見た中での最大範囲毒墨プラス人型魔獣の特攻に対して対処している内に、アノルールは路地裏から姿を消した。もう少し時間を稼げていたのならば、奴を囲って捕まえられただろうに。
……まぁ、逃げられはしたけど、結果だけ見れば上々であろう。僕とリリィの負傷はあれど、何も大切な物は失わなかった。今は素直に喜ぶべきだ。
ちなみに人型魔獣はノーマンと彼の『クリア』で痺れを回復したリリィの二人で十秒ぐらいで瞬殺していた。第一階級相当の魔獣だと思うだけどなぁ……改めて二人の戦闘能力の高さに軽く引いた。
「じゃあ僕は、逃げたアノルールを追いかけるね。君達はちょっと疲れたと思うから、ゆっくりしてて。何かあったらまた連絡するね」
ノーマンは爽やかな笑みと共にそう言い残してこの場を去った。取り残された僕達の間には、何とも言えない沈黙が訪れる。
聞きたい事も言いたい事も沢山あるけど、上手く言語化できない。長年コミュニケーションを避けて来た弊害である。まるで内部の水が凍った蛇口のように、何度脳みそを捻っても言葉が出てこない。
「……ごめんッ!! エレノア君を騙しちゃって!」
僕がどもどもしていると、いつの間にか姿が元に戻っていたリリィが頭を深々と頭を下げて謝罪してきた。
「…………へ?」
騙された覚えがなくて一瞬キョトンとするが、すぐにリリィが姿を偽って『ルル』として僕に接触して来た事だと察する。それについては別に怒っていないため、謝られると……その、逆に困る。
「でも流石だねエレノア君! 私の変装なんてバレバレだったんだね! それなのにずっと気づかない振りをしてくれたなんて……やっぱり優しいね」
「………………」
言えねぇ。リリィとアノルールの戦闘模様でやっと気づけたなんて死んでも言えねぇよ。とりあえず無理矢理笑っておく。多分かなり引きつってると思うけど。
……うん。確かに今更ながら振り返ると、ルルのノリや言動は完全にリリィのそれだった。雑な敬語を使ってはいたけど、明らかにアレは弟子というか気を許した友達のようであった。友達いないから分かんないけど。
超恥ずかしい! 「何だか上手く話せるなぁ。僕も陽キャいけるか?」なんて少しテンション上がってた僕が馬鹿みたいじゃないか。そりゃ幼馴染だもん! 話しやすいのは当たり前だよ! 多分上手い具合にリリィが会話を引き出してリードしていたのだろう。
「その……こんな嘘つきな私だけど……許してくれる?」
「も、もちろんっ」
「ほ、ホントにッ!? ありがとうエレノア君ッ!!」
気まずそうに上目遣いで見上げるリリィがあっという間に満面の笑みになる。前進で歓喜を表現し、右手は小さくガッツポーズをしていた。一人ぐらいなら血反吐を吐かせられる圧倒的可愛さである。やはりリリィは異次元に美人だ。
――それにしても。何故、リリィは姿を変えてまで僕と接触したのか。
一つだけ、僕の頭の中には仮説が立てられていた。重要なのは、宴会でリリィが飲んだ勢いで僕に告白して――振ってしまった事実である。そしてそれから数日後、リリィはルルとして僕と出会った。
自惚れじゃなければ、そういう事なのだろう。
そういう事だと――思いたい。
「…………あっ、あのさ」
「うん? なに? ……へっ!? えっ!?」
笑顔を浮かべたまま僕の顔を見て――ギョッと驚いたような表情を浮かべた。僕が余りに真剣な表情をしていたから面を食らったのであろう。
今だ。今しかない。先ほどルルとした決意表明を忘れぬ内に僕は言わなければならない。
なぁなぁな関係に終止符を。長かった片思いにピリオドを。良くも悪くも二度と戻れない関係に進むために、僕は伝えなければならない事がある!
喉が痙攣する。足が震える。歯がカチカチと音を鳴らす。ただ立っているだけなのに、全身から嫌な汗が噴き出す。極度の緊張のためか、視界が少しぼやけている。
ありったけの勇気を振り絞り、既にグロッキー寸前の肉体に鞭を入れて僕は――
彼女に告白する!
「………………あのさ。そ、その……ま、前から……思ってたんだけど……っ」
声が裏返る。恥ずかしい。陽キャならもっとスマートに告白できるに違いない。今の僕はさぞかし間抜けな面をしているだろう。
そんな僕を、リリィはじっと見つめてゆっくりと頷いて聞いていた。僕の言葉を待ってくれていた。
怖い。死ぬほど怖い。全てが否定されるかもしれない恐怖で吐きそうになる。
……リリィは凄いな。こんな恐怖に耐えながら僕に告白してくれたのか。
僕は言う。
「…………そっ……そのっ……あれだ――この町で魔獣を扱う悪党を探すために、姿を変えてたんだよな? 闇魔術師の僕と一緒に行動したら見つかると思って! 仕事のために! スパイをしていたんだよな?」
「へ?」
やってしまった。逃げてしまった。恐怖に駆られて、思ってもいない事を口走ってしまった。
だけど一度逃げてしまったら止まらない。誤魔化すために、あれほど詰まっていた言葉が言い訳になるとスルスルと飛び出る。
「そうだよな? リリィは全部仕事だったんだよな? じゃないと僕のような陰キャに仲良くなろうなんて思わない筈。そう……全部全部仕事だったんだ。宴会で言った言葉も全部! 大丈夫。僕は分かってるよ。だから変な勘違いなんてしないから。僕達はただの幼馴染だから」
「……ちがうよ」
ごめん。本当にごめん。僕が全部悪いんだから――そんな悲しい顔をしないでくれ。
ああ、駄目だ。僕はなんて駄目な屑野郎なんだろう。
告白されて。背中を押され。ありったけの勇気を振り絞ったというのに、尚も僕は逃げ続けるというのか。――また僕はリリィを傷つけるというのか。
……そうか。結局駄目なんだ。やはり陰キャが誰かを愛するなんて無茶な話だったんだ。
友達もいない奴が、恋人を得ようなんて自惚れをするべきではなかったのだ。
やはり、この思いは伝えない方がいい。
きっとその方が、リリィも幸せに――――
「……………………え?」
今、何かが優しく触れた。
ほんの一瞬の出来事だったから、見間違いかもしれない。だけど、あの柔らかいものが――僕の唇に触れたあの感触が、忘れられない。
何かの魔術ではないとすれば、
……え? 僕、今キスされた?
「…………ちがうよ。エレノア君と会ったのは仕事のためなんかじゃないよ。……これで分かった?」
「……………………」
落ち着いた口調とは裏腹に、リリィは明後日の方向に視線を向けながら耳まで顔を真っ赤にしていた。瞳は少し潤んでいて、何かを誤魔化すかのように前髪を弄る。
僕はというと、もう何が何だか分かんなかった。嬉しさやら気恥ずかしさやら情けなさやら、とにかく今まで感じた事もないような強い感情が一度に押し寄せるもんだから、頭の中はぐしゃぐしゃになっていた。嬉しいなんて言葉では陳腐過ぎて足りない。
「………………」
「………………」
僕はリリィを見つめながらキョドキョドになりながらもゆっくりと頷く。
リリィも思いのほかキョドキョドになりながらも頷き返す。
言葉には出来なかったけど、この瞬間お互いは確かに察しあった。
……まぁそんな訳で、恐ろしい程の屈折があったけど、
僕達は付き合う事になった。
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