第26話 女騎士と黒蛸と ②



 お姉ちゃんとの通話が終わってスマホを懐にしまった矢先、再び音を鳴らして振動し始めた。



 何か言い忘れた事でもあったのかなぁとスマホを見ると――



 ノーマンからの着信だった。




『あ、もしもしリリィちゃん? 今通話大丈夫?』


「うん平気だよノーマン君! どうしたの?」


『ちょっと聞きたい事があるんだけど。リリィちゃんはこの町に来て、妙な噂とか聞いてたりしないかな?』


「あー……ごめん! 特に有力な情報は……」



 しまった。本来は私とノーマン君の二人で魔獣討伐のお仕事を依頼された身だった。忘れていた訳では決してないけど、いつの間にか私の中での優先トップがエレノア君にすり替わっていた。



 だって仕方がないじゃん! まさか今まで行方が分からなかったエレノア君が離れの町で生活していたんだもん!



 現在魔王を討伐した私達――通称『討伐組』は、王土を離れまだ魔獣に苦しむ町や村を救うために旅に出ていた。いつかの魔獣のいない世界を作るために。



『リリィちゃん。前に僕が魔獣を強化している闇魔術師がいるかもしれないって言ったの覚えてる?』



「うん! 前戦った第一階級相当の魔獣の事でしょ? 確かにすっごく強かったねぇ!」



『……あれから僕は色々なツテを使って情報を集めたんだけど――今月で少なくとも五件。強引に魔獣同士が融合された階級以上の魔獣が発見された。その内三件は何故か形状を維持できず自然と消滅したらしいけど。件数の割に被害が少ないから調べるのに手間取ったよ』



「ってことは、そーいう事なんだよね?」



『そうだね。個体数が減った魔獣がこれほど高頻度に融合するなんて稀……いや明らかに異常だ。ほぼ確実に――この町のどこかに魔獣を使って何かを企んでいる闇魔術師がいる』



「……はぁ。すっごく面倒なんですけどッ!」




 私ってばエレノア君で忙しいのに! まぁお仕事だから頑張らせて貰いますけど!



 討伐組の主な仕事は魔獣討伐だけど、魔獣関係で悪事を働いている人を捕らえるという治安維持も私達の大切なお仕事だ。



 もう二度と、魔王を誕生させないために。



 ごめんノーマン君……! 君が頑張って働いている時に私、呑気に闇魔術の修行してたよ! 役立たずでごめんなさいッ!



『それで怪しい闇魔術師だけど……リリィちゃん――』



 嫉妬の闇魔術師って知ってる?



「…………え?」



 その言葉は意外にも、聞き覚えがあった。



 数日前にエレノア君と一緒に繁華街に出かけた時に会った、ワカメみたいな髪をした男の人。何だか気まずい感じで別れてしまったのを記憶している。



 確かエレノア君に後で聞くと、彼は『嫉妬の闇魔術師』と呼ばれている悪い意味で有名な人物である事を教えてくれた。



 人の事を悪く言わないエレノア君が珍しく「関わらない方がいい」と言った――







「------ッッ!!!??」






 刹那。何かの気配を察知した私は、全力で後方に跳躍した!



 その瞬間、私が着地するよりも早く地面が爪痕で抉れる。衝撃波が距離を取った私の頬を掠めた。攻撃を受けた訳ではないのに、ツーと頬から血が流れ落ちる。



 恐ろしく速く、凄まじい威力だ。すこしでも反応が遅れたら光魔術を使う前に細切れになっていただろう。ながら通話で周囲の警戒を怠っていた点もあるかもしれないけど、それを踏まえてもあの一撃は――ただの人間に出来る代物ではない。



 私は頬の血を親指で拭うと、前方に視線を向けた。辺りはすっかり暗くなっているけど、光魔術師の私にとって暗闇は何の障害にもならない。目に魔力を蓄えるだけで昼間と同じような視界を得ることができる。



 --二人、いる。一人はペストマスクをつけたやたら猫背の大男。両腕は異常なほど長く、手から伸びた爪は地面にまで届いていた。



 そしてもう一人、ニタニタと人を小馬鹿にするような笑みを浮かべた――嫉妬の闇魔術師がそこにはいた。



「いやぁ凄い凄い! 流石の身体能力だねぇ。コイツの不意の一撃を避けれる魔術師がいるとはねぇ。……でも、よほど焦っていたのかな? 大切なスマホが落ちてるよぉ」



「……はぁ。ほんとだ」



 どうやら跳躍した時にスマホを落としてしまったらしく、地面に勢いよく叩きつけられたスマホはそれはもうバキバキに画面が割れていた。



 ……こいつらを捕まえたら、絶対に弁償させてやるッ!



「ああ妬ましい……妬ましいなぁ。陽キャが妬ましい。頭の実力もないのに、この世界の主人公ですと当たり前のように思っているのが気持ち悪くて吐きそうだ。何で天才の僕に持っていない物を、あの馬鹿どもはもってやがる!」



 爪を噛みながら、怒りが籠った視線を私に向ける。……交渉の余地はなさそうだ。その間ペストマスクの男はじっと嫉妬の闇魔術師――アノルールの様子を伺っていた。



「君の事は調べさせて貰ったよぉ。元々はエレノアなんて糞コミュ障なんかに付きまとう物好きに、少し悪戯をしてやろうと思っていたけどぉ、まさか君がかの有名な討伐組――リリィ様だったとはねぇ! いやぁ、姿を変える魔道具なんて初めてみたよぉ」



「…………ッ!?」



 私の正体がバレてる!? ……別にだからと言って特にマズイ事もないのだけど、私を知っていてなお強襲を実行したというのは、自分とその仲間で確実に勝てると踏んでの行動という訳なのか。



「君には僕達の力がどこまで通用するのか、実験台になって貰うよぉ。……あーそれとそうだなぁ。殺す前に勿体ないし、ちょっと僕のを受け入れて貰おうかなぁ!」



 ニチャりとアノルールは肩を揺らしながら舌なめずりをする。その余りにも嫌悪感の強い発言と行動に、全身の肌が逆立った。



「……あんた達は何で私を殺そうとするの? 何が不満なの?」


「アハッ! そんなの決まってるよぉ――陽キャが鬱陶しいから全員ぶっ殺すんだよぉ! ずっとずっと妬ましかった! 嫉妬で狂いそうだった! 君達陽キャには分かるかなぁ? 分からないだろうなぁ! だから殺すんだよ。一人残らず幸せそうな顔をしてる奴から順に生首を晒上げてやる。そうすれば、いつかは僕が世界一幸せな人間になれるからなぁ! まっ! 馬鹿な君らには分からないと思うけどねぇ!」



「分かんないよ! 分かんないけど……そんな子供みたいな考えが通用しない事を、分からせてあげる!」



「いいねぇいいねぇ! そのぐらい元気な方が、妬みがいがあるってもんだねぇ! --来い『黒蛸』!」



 アノルールがそう叫ぶと、彼の後方に巨大な黒蛸が地面から這い出てきた。黒蛸の足一本が私よりはるかに巨大だ。まともに受けたら無傷では済まなそうだ。



 黒蛸の半分以上は地面に潜っており、頭と八本の足しか視覚出来ない。巨大故に反応は容易かもしれないけど、闇魔術で何の術が組み込まれているのか分からない現状、黒蛸の攻撃は一度も食らわない気兼ねで戦闘する。



「…………ふぅ」



 私は息を整えて、軽く二回ジャンプする。軽い。うん。凄く調子が良い。

 敵は二人。場所は直線の路地。それほど広くない。



 だったら、姿を戻さないでルルのまま戦おう。魔道具を使ってみて気づいたのだけど、姿が変わって全体的に小柄(特に胸)になったため、むしろこっちの姿の方が体を動かしやすいのだ。



 --魔力を指先に集中。そして、放出。



 剣を持っていないため、魔力で作った剣を握り、構える。逃げるという選択肢もあったかもしれないけど、一般人を巻き込んでの戦闘は望まぬものであった。



 一人でいるため『絆』は使えないけど、まぁ何とかなるでしょ!



 そう楽観的に考えられる程度には、自分の実力の高さを自覚していた。


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