第27話 女騎士と黒蛸と ③



 瞬間、ペストマスクが地面のタイルを蹴散らしながら急接近してきた。人間の動きを軽く超えたその瞬発力で私の懐に潜り込むと、まるで刀のように鋭い五本の伸びた爪で襲い掛かる。



 --よし! 今度はちゃんと見えた! 私は生成した光の剣でその爪を逆にへし折ってやろうとして――寸前の所で回避を選択した。何だか嫌な予感がしたのだ。

 スウェーバックの要領で上体だけを後方に下げる。爪が鼻の先を掠めた。



 驚くことに、壁として爪の前に置いた光の剣がペストマスクの攻撃に耐えきれず霧散していた。ただの爪ではない事は分かっていたけど、固い皮膚を持つ魔獣を討伐できる力を持つ光の剣があっさり強度負けするなんて。爪には何らかの魔術が付与されているのは間違いない。



「----ガァッ!!」



 咆哮と共にペストマスクの怒涛の連撃。それを私は狭い路地裏で全身を使って回避する。……うん? 威力は確かに油断ならないけど、攻撃自体は驚くほど単純だ。言ってしまえば、両手の爪を力任せにぶん回しているだけで、フェイントや緩急といった対人での駆け引きが一切ない。……私のスタミナ切れを狙っているのかな?



「ハハハッ! どうしたのかなぁ!? 防戦一方じゃないかぁ陽キャ様よぉ! 討伐組とか言って偉ぶっていやがるが、この程度なのかよぉ?」


「……別に偉ぶってないってば」




 黒蛸が触手のような巨大な足を私に向けて伸ばす。――が、遅い。私は光の剣で輪切りに切り裂く。すると黒蛸は少し怯んだ後、すぐに切られた足を再生させた。ちっ。八本の足を切ってダルマ蛸にする作戦は無理そうだね。



 なんて考えていたらペストマスクが休むことなく私に激しい斬撃を浴びせる。ああもう! 忙しいなぁ!



 だけどさっきの攻防で一つ分かった事がある。この二人、それほど連携が上手くない。アノルールの扱う黒蛸の攻撃がいちいち巨大かつ大雑把なせいで、ペストマスクが合わせて攻撃できていない。せっかくの数的優位をとっているのに、これじゃあ一対一を交代でやっているだけだ。まぁ、お互い厄介であることは間違いないけど!



 ……さぁ。どうしよっか?



 町中での戦闘という事もあり、このまま私が時間を稼げば誰かが加勢してくれると思う。だけどそれだと逃げられる可能性も高く、アノルールが油断している今こそ捕まえる最大のチャンスなんだよね。



 仕方がないなぁ! 短期決戦と洒落込みましょうか!



「――――『魔術外装』」



 私が呟くと、瞬く間に光が全身を包み込む。そして、光魔術で構成された甲冑が私を覆い、手には神々しく輝く宝石が散りばめられた聖剣が現れた。先ほどの光の剣とは明らかに違う、まるで実体のような質量を伴った黄金の聖剣である。



「――はんッ! やっと本気を見せたみたいだなぁ! いいねぇ楽しくなってきたねぇ!」



 アノルールは高笑いすると、先ほどと同じように黒蛸の足を私に向けて伸ばして来たが――



 黒蛸の足は、私の聖剣の射程に近づく前に細切れに切り裂かれた。



「…………は? ……な、なんだその鎧はッ!? 知らないぞそんな魔術ッ!」



 私の攻撃が見えていなかったらしく、ついにアノルールの顔から余裕が消えた。私はアノルールを見てニッコリとほほ笑む。貴様も近づいたらこうなるという意味を込めての笑顔だった。



 --『魔術外装』。光魔術師にとって誰でも使える最強の魔術は、その場にいる光魔術師に比例して身体能力を倍増させてる『絆』であるならば、『魔術外装』は光魔術を極めた者にしか扱えない、単体で行える最強の魔術であった。



 その方法は、普段掌からしか放出していない光魔術を、文字通り全身で常に放出し続けるのだ。全身を覆う光の魔力を甲冑に変え、質量が伴う程の魔力を剣に注ぐことで、普段の光魔術とはまさに次元が違う威力の攻撃を行うことが出来る。恐ろしく単純かつ強力な魔術である。



 その代わり当然であるが魔力の消費が尋常じゃない。強力であるのに扱える光魔術師が少ないのは、シンプルに一瞬で魔力が底をついてしまうからである。



 あくまで短期決戦用の切り札である。過信してはいけない。だけど一時的に無敵かと錯覚してしまう程の無敵感を味わえるこの魔術が、私は大好きだった。



「お、お前! 速くいけッ!!」


 アノルールはペストマスクに指示を飛ばすと、少し躊躇していた様子のペストマスクが襲い掛かって来た。



 ペストマスクが振りかぶった爪を――私は鎧で受け止める。



 正確に言えば、鎧から生やした六本の剣の一本で受け止めた。先ほど黒蛸の足を切ったのもこの六本の剣であった。



『魔力外装』で生成した自身の鎧は、自分の魔力を超密度で圧縮した塊――いわば意識で自在に扱える物質である。この辺は闇魔術と少し似ていて、今は自分の魔力を甲冑と剣に変化させている訳なのだ。



「--ガァァァァァアッ!!」



 ペストマスクは空いたもう一本の腕を振りかぶる――が、助走もないベタ足の一撃などたかが知れている。私は空いた剣であっさりと防ぐ。ついでに剣の形状を変化させて爪を固めて外せないようにする。



 ……あれ? ペストマスクの両手は動けないけど、私の両手は余っているね?



「ごめんね!」



 私は聖剣でペストマスクを斬る――のは流石に死んでしまうので、聖剣の柄を勢いよく腹部に叩きつける!



「-――-ガッ!!??」



 ぐにゃりと柄が腹部にめり込む。衝撃に耐えられなかったのか、剣で固めていた両爪がベキリと折れて後方へと勢いよく吹き飛んで、路地裏の壁に勢いよく叩きつけられる。壁が半壊し、土埃が一面を覆った。



 私の一撃を受けたペストマスクは、壁にめり込んだままぐったりと動かなくなっていた。


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