第9話 宴会という陰キャの拷問器具①




 ――夜。



 酒場と化したギルドの中心で、コホンとリリィが咳払いをした。そして――



「それじゃあみんなお疲れ様――――ッッ!! かんぱ――――――いッ!!!」

「「いええええええええええええええええええええいッッ!!!!」」



 リリィがそう言って酒の入ったジョッキを高々と持ち上げると、ギルド内は最大級の盛り上がりを見せる。



 至る所のパーティー内で乾杯が行われ、歓声の声を上げる。笑い声が聞こえる。というか、声と声が混ざり合って笑い声しか聞き取れない。とにかく盛り上がっている事は伝わるのだけど、皆はどうやって会話出来ているのか不思議でならない。



「………………つぅ」



 騒がしい所に慣れていない僕は、耳を塞ぎながら何故か身を潜めながら隅にあったボロボロの椅子に座り、リリィから貰ったお酒をチビチビと飲む。



 周囲は酒を浴びたりダンスを踊ったりと飲み会に熱中してらっしゃるおかげで、僕という浮いた存在を誰も気にしていなかった。ちょっと悲しいけど、こっちに方がありがたい。朝みたいにイジメられたら僕はまた涙を瞳に溜めながら帰る事になってしまう。



 やる事がないから、僕はお酒を片手にぼんやりと周囲を見渡す。とても楽しそうだった。全身で嬉しさを表現している。……羨ましいなぁ。



 僕の場合嬉しい事があっても、頭で処理してから少し遅れて表情に出るためどうしても表現がぎこちなくなってしまう。



 思い浮かんだいくつかの返答を選択している間に会話が流れていってしまう。面白い返答なんて出来っこない。会話のキャッチボールすらまともに出来ないというのに。普通の会話は、僕には難し過ぎる。



「…………………………いいなぁ」



 きっとこのギルド内にいる魔術師は僕を除いて全員陽キャなのだろう。陰キャの僕が今すぐここから逃げ出したいと思っているから間違いない。



 悪い表現を使うとこれはバカ騒ぎだ。人語を喋っている人の方が稀で、部外者から見ると何が面白いのかさっぱり分からない。それでも皆、今が人生のピークと言わんばかりの笑顔をばらまき、歓喜を全身で表現してらっしゃっている。



 ……ここで重要なのは、コイツら陽キャは馬鹿だから声を上げて盛り上がっているだけと卑屈になってはいけないという事だ。



 むしろ、馬鹿なのは自分だ。ただ僕は、自分を本心をさらけ出すのが怖くて、傷つくのが怖くて、これ以上不幸にならないために殻に籠っているだけだ。どちらが正しいかなんて明白である。



 彼ら彼女ら陽キャは、楽しむに関して恐ろしいまでに合理的なのだ。このような場ではあえて馬鹿になって盛り上がった方が楽しめるのを知っているのだ。……自分の事しか考えていない僕とは大違いである。



 ずっと怖くて目を反らし続けていた、陽キャと陰キャを隔てる決定的な違いを目にした僕はひっそりとギルドの隅で沈む。



 ――と、



「わっ!」


「ッッッッ!!!??」



 いつからいたのか、気配を消して僕のすぐ隣まで接近していた男が、耳元で驚かす。まんまと不意を突かれた僕は目を限界まで見開いて軽く椅子から跳ねる。



「あははははは。ごめんごめん。普通に話しかけようとしたんだけど、君の横顔を見ていたらちょっと虐めたくなっちゃった。ごめんね」


「…………別に、いいけど」



 にこやかに手を合わせて謝罪する彼に、僕は不愛想に返答してしまう。こんな時面白い返しの一つでも出来ればいいのになぁなんて思う。



「今日はありがとうね。色々と助かったよ! えっと……確かエレノアくんだったよね?」



 彼の言葉にコクリと頷く。


 彼の名は――確かノーマンと言ったか。第一階級相当の魔獣討伐の救援要請をリリィに送ったのも彼だった。


 目の前でじっくり見て改めて思う……彼はとんでもなくハンサムだ。文句の付け所もない整った顔。人を安心させる天使のような微笑み。優しい声色。背丈も高くスラリとしていて、見るからにモテそうであった。



 人との繋がりに比例して魔術が強力になる光魔術師にとって、顔が良いというのは相当なメリットである。



 重要なのは繋がりの数だ。友達の数イコール戦闘力なのだ。そのため同性だけではなく異性にも好かれる陽キャの方が圧倒的に強い。



 イケメンや美人の光魔術師がいたら強者だと思えと言うのがこの世の常識である。実際に彼が実力者なのは間違いないだろう。今回は相手こそ悪かったが、僕なんかよりもずっとずっと強い。



 今晩のこの盛り上がりも、ノーマンが有り余るコミュ力と友好関係の広さを使って手当たり次第に誘って集めたらしい。僕も彼に誘われたのでこの場にいるけど、正直こういったワイワイとした場は苦手であった。どうすれば良いのか本当に分からない。人の輪に入っていける度胸があるのなら、闇魔術師なんてやってないよ。



「隣いいかな?」



 ノーマンが微笑みを浮かべたまま、僕の隣の席に座る……マジですか?



「君達のおかげで魔獣を倒せたからね、今夜は僕達の驕りだよ! じゃんじゃん飲んで楽しんでね!」


「……別に、僕は何もしてない」


「そんな事ないよ! 君がリリィちゃんを連れて来てくれなかったら僕達は全滅していた。何回お礼を言っても足りないよ。本当にありがとう! 後で報酬はキチンと渡すからね!」


「……………………」




 こんなにまっすぐ僕の目を見て感謝の言葉を言われたのはいつぶりだろうか。

 たったこれだけで、僕は泣きそうになった。人に喜ばれるとは何て嬉しい事なのだろうか。擦り切れてボロボロになっていた自尊心が満たされていくのを感じる。



 この一言が貰えただけでも、今日頑張った甲斐があるというものである。……まぁ、本当に僕は戦闘面では何の貢献もしてないんだけどね。



「それにしても、今回の魔獣は強かったねー! 久しぶりに死ぬかもって思っちゃったよ。駄目だなぁ僕。魔王がいなくなってすっかり油断しちゃってる」



 ノーマンは手に持った酒に口をつけると、虚空を見上げながら語り掛ける。



「……エレノアくん程の実力者だったら気付いているよね? ここ最近、急激に魔獣が進化していることに」



「……………………」




 頷いて同意する。ちょうど今日、僕も同じ事を考えていたからだ。



「雑魚魔獣が討伐されて、強い個体しか残っていないだけとも考えられるけど……それにしたって腑に落ちない。今回のだって僕達は第二階級相当の魔獣の依頼を受けた筈なんだ。つまり――」


「……発見されてからギルドに討伐依頼が来るまでの数日間に魔獣達が融合した?」


「うん。その可能性が非常に高いんだけど、そんな偶然あり得ると思う? ……報告されたのに気付いた魔獣が危機感を感じて融合したと考えたらしっくりくるんだけど、どうかな?」


「それは無い……と思う。確かに魔獣は闇魔術から逸脱しているが、今回の魔獣にそこまでの知能があるとは思えなかった」


「だよね。僕もそう思う!」




 ――じゃあ、やっぱり人間じゃないんかな?


 ノーマンは続けて少しだけ顔を引きつらせながら、言う。



「……は?」



「僕、この街のどこかに魔獣と手を組んでいる魔術師がいると踏んでいるだよね。まだ証拠はないけど」


「………………ッ!?」



 軽い口調ではあったが、表情は真剣そのものであった。



 冗談では、ないようだ。



「今回の件だと二つのケースがあると思うんだ。一つは魔獣の発見者が嘘の階級を報告したパターン。僕達光魔術師は魔力の動きを視覚的に見ることが出来るから、魔獣の階級を間違える訳がないんだよ。目的はそうだなぁ……軒並みな理由だと、依頼を奪う邪魔なライバルを減らすためと言った所かな?」



 ノーマンは鼻歌交じりでジョッキを飲み干すと、店員に酒を追加注文する。彼の頬はほんのり朱に染まっていた。



「ま、そっちのパターンだったら別にそこまで心配しなくてもいいんだけどね、問題はもう一つの――誰かが意図的に魔獣を融合させたってパターンが怖いんだよね」


「……………………」


「ねぇ、別にエレノアくんを疑っている訳じゃないんだど――闇魔術を使って魔獣を融合させる事って可能なのかな?」


「……もちろん試した事はないけど……不可能では無いと、思う」



 闇魔術はざっくりと説明するならば闇という魔力の液体に形状を与える魔術である。その特徴故に同じ闇魔術で構成されている魔獣にもある程度干渉は可能だろう。流石に所有権が魔王にある魔獣を操ったりは出来ないと思うが、魔獣同士を融合させるだけならば優れた闇魔術師ならあり得ない話ではない。



「そっか! ありがとう! エレノアくんのおかげで色々と分かったよ!」



 ノーマンは満面の笑みを浮かべた後に、懐から小さな紙を取り出して僕に握らせた。



「その紙に僕のスマホの連絡先が書いてあるから、何かあったら連絡してね! しばらく僕達はこの町でブラブラしていると思うから! とにかく今日は本当に助かったよ。じゃあね!」



 そう言うと彼は女性のような艶やかな髪を揺らしてその場を去ろうとして――



「――実はこれまだ言っちゃいけないんだけど、僕とリリィはこの町に悪人がいないか調査しに来たんだよね。だから、怪しい人がいたら僕かリリィに教えてくれたら凄く嬉しいな」



 最後に重要な事を呟き、ノーマンは近くの人の輪に溶け込んでいった。確かに顔が良くてコミュ力が高い彼は調査に向いているだろう。



「……………………」



 僕は紙に書かれたノーマンの連絡先を眺め、静かに唸る。

 …………スマホ持ってないんだけどなぁ、僕。

 とても言える空気じゃなかった。



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