第10話 宴会という陰キャの拷問器具②
一時間ほど存在感を消してお酒を飲んでいると、遠くでリリィの声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっと……困ります」
「別にいいじゃないかー。なぁ? 俺らと一緒にここを抜け出そうぜ? へへっ」
眠い眼を擦って視線を向けて――気分が悪くなった。会話とその場の雰囲気から察するに、どうやら彼女は強引な誘いを受けているらしい。
見ると彼女に話しかけている男性二人組の内一人は、今朝僕にちょっかいをかけて来た甲冑男であった。彼は顔を酒で赤くしてニヤニヤとリリィに下衆な笑みを浮かべていた。下心が駄々洩れである。リリィは嫌そうに顔をしかめていた。
「お断りします」
「なんでだよ? 指輪を付けていない所を見ると、彼氏はいないんだろ? なぁ、この際言うけど俺と付き合う気はねぇか? 無茶苦茶タイプなんだよ。な? いいだろ? リリィちゃんも欲求不満なんじゃねぇの?」
甲冑男は強引にリリィと肩を組んで指先をゆっくり胸に伸ばそうとして――パシンと強く払われた。
そして、寒気がするような満面の笑みを浮かべた。
「ごめんなさい。せっかくのお誘いですけど――私、好きな人がいますので」
「まぁまぁ。そんな固い事いうなよ? 一発でいいからヤラせてくれよ。なくなるもんじゃねぇだしさ」
甲冑男はヘラヘラしながら再びリリィを強引にギルドから連れ出そうとして――
リリィは男の鎧で覆われた二の腕を強く強く掴んだ。
具体的に言うと、甲冑にヒビを入れるぐらいに。
リリィは笑顔を浮かべたまま、ゆっくりと空いた握りこぶしを持ち上げる。
「いいですよ。そっちがその気なら、表出ましょうか。暴力で白黒ハッキリつけましょう。いいですよね? ――なくなるもんじゃないですし」
「……ッ!? くっ…………ッ!!」
甲冑男の笑みが消えた。いくら酔っていたとしても偶然程度では埋まらぬ力の差を把握しているようだ。
光魔術師に男女の差というのは存在しない。いくら甲冑男が粋がったとしても、片や町で日銭を稼ぐ冒険者に対し、彼女は魔王を討伐した誰もが知る超有名人。勝負するまでもなく、結果は明白である。
「…………ちっ。くそっ!」
甲冑男は彼女の腕を振り払うと、近くに置いてあった椅子を蹴飛ばして、不満そうにドスドスと足音を鳴らしながらギルドを出て行った。連れの男も泣きそうな顔を浮かべながら慌てて逃げる。
「…………にひっ♪ 私としては殴り合いの喧嘩もやぶさかじゃなかったんだけどね!」
彼女はニヤリと笑ってふふんと鼻を鳴らして胸を張った。その瞬間、ギルドがどっと歓声で沸いた。飲めや騒げやのドンチャン騒ぎ。近くで密かに様子を伺っていたノーマンもリリィにガッツポーズを送る。
リリィはにんまりと笑うと手元のジョッキをグビグビと飲み干しておかわりを要求する。宴はまだまだ続きそうだ。
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