第8話 光魔術師リリィは陽キャである④
幸いと言っていいのかは分からないけど、救援信号を送った友人は僕と彼女がいる現在地から数キロほどしか離れていなかったため、ものの数分もしない内に目的地へと到着していた。
魔獣が群れで行動するのはよくある事なので、もしかしたら先ほど彼女が倒した樹木型魔獣と同系統の魔獣なのかと思っていたが――どうやら違うようだ。
戦況は、もはや壊滅的と言っても過言では無かった。
「……う、ぐ……やぁあああああああッ!!」
魔獣と戦っていた長髪の男が体を震わせながら立ち上がる。片腕を痛めた様子の彼はそれでも歯を食いしばりながら、魔獣に斬りかかる。
――が、
現実は常に誰にでも平等であるが故に、どうしようもなく残酷である。
頑張ったから必ず報われる訳ではないように――例え長髪男の最後の力を振り絞った悪あがきだろうと、通じないものは通じない。
彼の剣は、魔獣を切り裂く前にあっさりとへし折られ、僕の狼の何十倍もありそうな巨大な前足で長髪男を軽々しく蹴飛ばす。
魔獣の鋭い爪で彼を引き裂くのでは無く、その前足で踏みつぶすのでは無く、まるで石ころを蹴るようなゆるやかな蹴り。……最も、既に満身創痍であった長髪男は先ほどに蹴りで気絶してしまったが。
言い方が悪いが、魔獣がその気なら長髪男の息の根を簡単に止めることができただろう。だが魔獣はあえて彼を殺さなかった――何故か。
「…………コイツ、遊んでやがる」
油断とも取れる魔獣の行動であるが、裏を返せばそれほど自分の実力に自信があるのだろう。しかも厄介な事に、目の前の魔獣は自信に見合った実力を持ち合わせていた。
全長だけならば先ほど討伐した樹木型魔獣よりも一回りほど小柄ではあるものの、四足歩行の獣をベースに組み上げられた魔獣にしては異常な大きさだ。デカいというのは、それだけで脅威になりえる。
僕を容易く丸呑みできそうな牙の生えた口。丸太のように太い前足。ライオンのような鬣。剣のように鋭い爪。
極め付きは、魔獣の左右についた二つの頭。赤黒く輝く合わせて四つの目が僕達を見渡す。気分がいいのだろうか、まるで猫のように喉を鳴らしている。
――魔獣の強さは被害の甚大度や発見者の情報を元に四階級に分類される。
僕程度の魔術師でもほぼ確実に討伐できるのが『第四階級』と『第三階級』相当の魔獣で、樹木型魔獣は第二階級相当の魔獣に分類されている。
……僕も魔術師の端くれだから分かる――目の前の魔獣は間違いなく第一階級相当の魔獣だ。頭が二つあるのは恐らく二体の魔獣が融合したのだろう。
融合によって階級を上げた魔獣によって魔術師のパーティが壊滅するなんてよくある話である。結局の所、魔獣の本当の実力なんて戦ってみないと分からないのだ。
「……や、やぁ。来てくれてありがとうリリィちゃん。は、はは……舐めてたワケじゃないけど、ご覧の有様だよ」
「ノーマンくん……」
ノーマンと呼ばれた整った顔立ちをした男が、魔獣に剣を向けたまま彼女に声を掛ける。リリィを呼んだのは彼で間違いなさそうだ。見覚えのない顔であった。……リリィと仲が良いという事は、最近彼女と一緒にこの町に来た魔術師なのだろうか?
彼のパーティーは男女混合八人構成であったが、半数は地面に突っ伏してまともに戦えそうになかった。一方魔獣の肉体に目立ったダメージは無い。状況はかなり悪いと言っていい。
さぁ、どうするべきか……。狼で倒れた魔術師を運べばギリ逃げきれるか……?
なんて考えていると、リリィの口が開いた。
「ノーマンくん。魔力は?」
「まだまだ余裕はあるよ。動ける子達も魔力切れは心配しなくていい」
「怪我はない?」
「今さっき治したよ」
「じゃあ、いける?」
「もちろん。この程度の魔獣――あの魔王に比べたら大した事ないね」
それからノーマンは「ま、ピンチには代わりないんだけどね」と自虐的に笑った。
「いくよ――『ジョイント』」
リリィがそう呟くと、突如彼女の全身に光のオーラのようなものを纏い始めた。オーラは形を変えて一本の線のようになり――ノーマンや動ける魔術師達の体にくっついた。
他の魔術師たちもジョイントと呟き光の線で繋がり合う。
次の瞬間、光魔術師達は会話やアイコンタクトも無しでまるで示し合せたかのようなタイミングで、一斉に魔獣へと斬りかかった。
魔術の名を――『絆』と言った。
魔術師同士で魔力を繋げて情報の共有と魔力の活性化を図るこの魔術は、光魔術師の基本的な魔術であると同時に最強の魔術である。
連携相手は光魔術師では無ければならないという条件があるものの、ひとたび絆を結べば魔力体力筋力が爆発的に底上げされる。
絆は人数に比例してより強力になる。だから光魔術師は闇魔術師と違ってパーティで魔獣を狩る。
魔王を討伐した時は、数百人規模の絆を結んで勝利したらしい。
世界を恐怖のどん底に突き落とした魔王の唯一の敗因は、友達が誰一人としていなかった事だろう。
「――はぁあああああああああああああああああッ!!」
連携攻撃の最後にリリィが放った光の斬撃を、寸前の所で魔獣は巨体に見合わぬ俊敏さで回避するが、どうやら僅かに掠ったらしく魔獣の頬からどす黒い血が流れ落ちた。
「………………ッ!!」
魔獣の目の色が変わった。警戒度を上げたらしく、表情から余裕が消えた。……ここからが本番だ。
しかし、どれだけ魔獣が強かろうとリリィが敗北しないだろうという確信が僕にはあった。
何故なら彼女は――あの魔王にトドメを刺した、この世界で最も友達の多い――最強の陽キャであるからだ。
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