第6話 光魔術師リリィは陽キャである②


 魔獣とは、孤独の王にて破壊の権化であった――魔王が生み出した化け物である。



 通常の闇魔術は術者の意識が無くなると、作り上げた魔獣も消滅する筈なのだけど……訳が分かんない事に、魔王が消滅した今も元気に暴れてらっしゃる。規格外である。



 魔王が作り出した魔獣は、僕が使う闇魔術とは根本的に違っていて、まるで野生の生き物のように魔獣本体が自立的に思考をしているのだ。



 つまり、何が言いたいかと言うと。



 ――今まで生き残り続けた魔獣は、知恵と力をつけてより狡猾になっている事を覚悟しなければならないのである。



「…………ッ!? エレノアくん、アレを見て!」


「…………おいおい。魔獣が『擬態』って……。どこからその知恵付けるんだよお前……」




 リリィと二匹の狼が見上げた場所に視線を向けると――樹齢何百年もありそうな威圧感のある木々の間に、何食わぬ顔で樹木に擬態する魔獣の姿があった。



 凄い。もはや獣であった原型が完全に失われている。表面とか完全に木だし、魔獣のクセに立派な葉を生やしていた。まじまじと見ても巨大な樹木にしか見えない。狼が魔獣であると断定してくれなきゃリリィを疑ったかもしれない程に、褒めてやりたいぐらい完璧な擬態だった。



 魔王の魔獣で厄介な点の一つに『尋常じゃない成長速度』が挙げられる。



 魔獣は己の形状を自由に変化させて、何世代もかけて進化を重ねて来た生き物のいい所を取り入れてしまうのだ。……まさか樹木に擬態出来るのは知らなかったけど。



 魔王の魔獣は元々『獣型』『鳥型』『人型』『魚型』の四種だけだった事を考えると、これからも魔獣は魔術師を対抗するために進化し続けるのだろう……想像して少し気が重くなる。ただでさえ一人で倒せない魔獣が増えつつあるというのに。



「……よっし……! 私、行くね……ッ!!」


「待て。……先制攻撃は僕がする」



 腰から剣を抜いて構えたリリィを、僕は掌を前に出して制止させる。


 樹木型魔獣は巨大すぎて何処までが魔獣の肉体なのか分別が出来ない。隣の木も魔獣である可能性も、今僕達がいる地面の中にも根と化した魔獣の手足が埋まっている可能性も考慮しなければならない。



 ――ならば、

 この一帯全てを破壊してしまえばいい。



「いけ――『狼』」



 二匹の狼は僕が命令すると、次の瞬間魔獣に向かって一直線に駆けていった。

 すぐに反応する樹木型魔獣。予想通りと言うべきか、地面からまるで蔓のような触手を何本も生やして狼を串刺しにしようとする。



 ――が、欠伸が出るほど遅い。既に最高速に達した狼達には掠りもしない。擬態の代償に目が退化でもしたのだろうか。この程度の攻撃、かわすまでも無い。

 樹木型魔獣のすぐ傍まで迫った狼を見て、串刺しにするのは諦めたのか――葉が生えた枝と根を自身を覆うように伸ばして巨大な繭のようになった。……なるほど考えたな。



 触手で組まれた繭が邪魔でこれ以上狼が近づけない。自在に伸ばせる触手を攻撃しても致命的なダメージを与えられそうにない。まさに完全防御。この状態で根を魔術師の足元に生やせば一方的に攻撃できる――



 ――なんて魔獣が考えているのならば、大甘もいい所である。

 ここまで接近出来れば十分だ。



「弾けろ」



 僕が命令すると、二匹の狼は触手に噛みついて牙から火花を散らし肉体を膨張させ――大きな爆発を起こした。



「って、えええ――――ッ!!?? コン太郎とコン次郎が爆発したッ!!?? なんで!?」



「……そういえば、リリィには見せてなかったな」


「酷いエレノアくん! これって動物虐待だよ! あんまりだよッ!! どどどどどどうしよう!? お墓を立てなきゃ!!」


「……………………」




 爆破したからって別に狼が死んだ訳じゃないし、何ならもう一度狼を出してやろうか? なんて思ったけど、めんどくさいから仰天しているリリィは無視する事にした。



 ……つーか絶対闇魔術のシステム知ってるだろ。分かりにくい冗談をかましやがって。



 ――闇魔術で魔獣を作る時、魔術師は現実の動物を参考にして作り上げる場合が多い。何故なら想像しやすいからである。



 その気になれば竜だって作ることが出来るが、架空の魔獣を作るのは気が狂いそうになる程の労力を必要とする。それならば一から魔獣の設計図を構築するよりは、動物を参考にした上で一工夫加えた方がいくらか効率的だ。……闇魔術の特性をあまり知らない光魔術師にはあまり理解されないけど。



 ちなみに僕の『狼』には、狼の特性の他に近距離範囲の『魔力感知』と『自爆』を搭載させている。その他に移動にも使えたりとかなり使い勝手の良い。自爆を搭載させたことで若干魔力消費が多くなったけど、一人での戦闘で陥りがちな火力不足を解決させた自信作だった。



 爆破した時の煙が晴れてきて、樹木型魔獣の痛々しい姿が露になる。狼の自爆は辺り一面の木々を根本ごと奇麗に蹴散らし、ボロボロの魔獣を残して周辺は焼け野原になっていた。これでは木々に紛れようがないだろう。触手は焼け落ちて、完全防御は完全に崩壊していた。



「おりゃ――――ッ!! コン太郎とコン次郎の敵――――ッ!! あなただけは、絶対に許さないわッ!!」



 リリィは訳の分からない事を叫びながら樹木型魔獣の懐から突然現れる。既に彼女は自爆の煙に紛れて接近していたのだ。



 崩壊した触手の繭の内部に入られた事に焦ったのか、残った触手を彼女に向かって伸ばすが――目にも止まらぬ斬撃であっという間に細切れにされる。そしてリリィは剣先が届く魔獣の根本まで接近すると――



「――――おりゃあああああああああああああッ!!」



 光を纏って巨大化した剣を横方向に思いっきりぶん回す。確か正式名称は『光纏いの剣』と言ったっけ? 彼女から魔術の名称を一度として聞いた事無いから自信はないけど。



 ……ざっくりと分けて闇魔術が分身を作り出す魔術であるならば、光魔術は己自身を強化する魔術が多い。



 自分に自信が無いから魔獣に頼る闇魔術師に対し、自信に満ち溢れた光魔術師は驚くほど簡単に自己主張が出来る。



 これが陽キャと陰キャの決定的な違いである。



「――――――らぁあああああああああッ!!!」

「――――――――――――ッ!!!!!」



 光を纏った斬撃を受けた魔獣は、至る所についていた目玉を大きく見開いて――

 ――ドスンと、大きな音を立てて倒れた。


 …………………………ん?



 倒れた?

 樹木なのに、倒れた? …………何故?



 目を凝らすと、樹木型魔獣はたった一撃で、あっさりと一刀両断されていた。あの巨大な魔獣を? 一撃で?



 焼け野原に倒れこんだ魔獣は触手を伸ばしてリリィを攻撃しようとするが、先ほどの一撃が致命傷だったらしく触手が彼女に届くより先に樹木型魔獣は力尽きた。魔獣の肉体はまるで火にあぶられた水のように蒸発して消えていった。魔獣を倒した時に落とす魔力の結晶――『魔石の欠片』を残して。



 ……………………えぇぇえ。

 一人で倒せたじゃん。それ。



 ……えっと、ちょっと……強すぎやしませんかね? リリィさん。いや待て、意外と魔獣が弱かっただけでは?



「……なぁリリィ。コイツって第何階級の魔物だ?」


「へ? 第二階級相当だけど?」


「…………………………」




 それ僕が三割の確率で死ぬ魔獣! ソロで受けるの躊躇ったクエスト!!

 ちょっと見ぬ間に、幼馴染が強くなり過ぎた件について。



 もうやだ! 何か知らないけどスゲー泣きたいんですけど!


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