第5話 光魔術師リリィは陽キャである①

 町の外に出ると、リリィは突然目を輝かせて僕にこう言った。


「それじゃあエレノアくん『アレ』出してよ!」

「………………」



 僕はゆっくりと頷くと、その場でしゃがみ込んで、照らす日光で生まれた自身の影に触れる。



 ――影を引き伸ばすイメージ――。



 魔力を手袋のように纏った手で影に触れると――ぐにゃりと影が歪んだ。


 そして僕は影を持ったまま立ち上がった。平面から立体へと次元が引き上げられた影は、まるでスライムのように形状を変化し続ける。


「ねぇねぇ。それ、触っていい?」



 聞くより先にリリィは引き伸ばされた影に手を突っ込むが、何も感触が無い事に気付いて少し不満げだった。……このやりとり懐かしいなぁ。彼女は影に触れられない事を知っていてもなお手を突っ込みたがる。闇魔術に何を期待しているんだ。



 これは闇魔術師の魔術とも呼べない初歩の初歩的技術『闇の立体化』である。全ての闇魔術は影の立体化で培われる技術がベースになる。

 リリィが影に触れられなかったのは、影が形状を持っていないからである


 リリィが影に触れられなかったのは、影が形状を持っていないからである。

 ならば、形状を与えてやればいい。



「――――『狼』」



 僕がそう呟くと――闇は瞬時に、僕の脳内で毛先の一本に至るまで緻密に作り上げた『狼』を作り上げる。



 鋭い爪、鋭い牙、しなやかに伸びた足、ピンと立った三角の耳、全身を覆うモフモフな毛。実際に存在する狼とほとんど同じ形をしている。



 違う点を挙げるとすれば、この狼はまるで墨で描かれたかのような漆黒である事と、大きな二つの目が新鮮な血のように赤いという事ぐらいだろうか。



 右手左手で一匹ずつ作られた狼は、少し歩いて体を震わせた後、天を見上げて高らかに吠えた。



 リリィが嬉しそうに狼に駆け寄り抱き着きながらも首元を撫でる。



「よしよしよしよしよし! 久しぶりコン太郎! コン次郎!」っておい勝手に名前をつけるなよ。狼達も嬉しそうに目を細めるな!



「……リリィ。魔獣の位置は分かるか?」



 僕は狼に跨りながら問うと、彼女はこめかみに指をあててムムムと眉を潜めながら目を瞑る。



「えっと、現時点から北北東に十五キロ直進した先にいるね。魔獣が移動したらその都度教えるね」


「……助かる」



 僕は素直に感謝の言葉を述べた。彼女が今使ったのは光魔術師の初歩魔術『魔力探知』である。光魔術師なら誰でも使えると言っても、何キロ先の魔獣の魔力を感知するには、それなりに魔術師としての経験が要求される。



 少なくとも、数年前は魔力を探知できるのが最大でも半径一キロ程度な上に、人間と魔獣の魔力の違いを分別できていなかった。



 知っていたことだけど、彼女は僕が知らぬ間に格段に魔術師として成長していた。

 町一番の陽キャから、世界中に名を轟かす陽キャに。ちなみに僕はその間友達ゼロ。



 友達何人いるんだろなぁコイツ。休日とか何してんだろう。やっぱ友達と遊んでいるのかな。僕? 僕は釣りとかしてますけど何か文句あります?


 ……いかんいかん。考えても虚しいだけのネガティブな思考は一旦隅に置いておいて、僕はリリィが狼に跨った事を確認して『走れ』と命令する。狼は小さく吠えて大地を強く蹴って草原を疾駆する。



 闇魔術で生み出した魔獣はいわば僕の分身だ。口に出さずとも、頭で命令するだけで狼は僕の望む通りに手助けしてくれる。



「わぁ! 速い速い! イェーイッ!!! フゥ――――ッ!!」


「……振り落とされるなよ」



 両手を挙げてはしゃぐリリィを横目で見て注意する。



「りょうーかい!!」彼女は親指を立てた。……本当に分かってるのか……?



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