第3話 闇魔術師エレノアは陰キャである③


「……………………」 



 数年ぶりに知り合いと会って素直に喜べる人間は素直で良い奴なんだと思う。


 常に劣等感を抱えて生きている僕のような人種は、顔見知りに会うと悲しい気持ちになる。



 どうしても、比べてしまうのだ。



 大きく成長した他人と、何も変わっていない自分を。


 背筋の伸びた彼女の自信に満ちた立ち振る舞いと、僕の人の視線を恐れるあまり丸くなってしまった背中を比較して、ひっそりと悲しくなった。



 彼女は本当に美しく、少女から女性へと成長していた。笑い方とか目元のホクロとかは過去の面影を所々で感じるのだが、本音を言うと未だに人違いでは? と疑いにかかってしまう自分がいる。彼女が僕の名前を呼んでくれなかったら、気付かなかった可能性が非常に高い。



 うーむ……第二次成長期とはかくも恐ろしい……。



「どうしたの? 私の顔をじ~と見て? ……ははぁん。分かった! 私が可愛すぎて見惚れちゃったとか? とかとか? ん?」


「……………………」



 口元を押さえてニヤニヤと笑うリリィ。僕は赤面し、首をねじ切れるぐらい彼女から顔を反らす。



「――ッ!?」首を痛めた。体を震わしながら負傷した箇所を押さえていると、彼女の笑い声が聞こえた。



 チラリと彼女に視線を向けると、腹を抑えて自分の膝をバシバシと叩きながら全身を震わせていた。ものすごくウケていた。笑いの沸点がものすごく低い。あと鎧が擦れてガシャガシャとうるせぇ。



 ……間違いなく気付いている。僕の顔が真っ赤なのも、動揺して首を反らし過ぎて痛めたのも。


 どうしよう。シンプルに死にたい。



「……く……くくくくくっ……。あ~お腹痛いぃいぃ。良かったら回復魔法してあげよっか?」


「い、いらないっ――ッ!?」首を振った。さらに痛めた。


「あはははははははははははは! もうやめてッ! 死ぬッ! 笑い死ぬからッ! ははははッ!!」


「……わ、悪いっ。じゃ、じゃあなっ!」



 恥ずかしさに耐えきれず僕は強引に会話を打ち切って、彼女に背を向けて歩き出す。



 せっかく会ったのだから、最近の出来事とか聞きたい話題はいくつかあったけど、聞いたら聞いたで劣等感で死にたくなるだけだから、これでいいんだ。



 彼女は陽キャで、僕は陰キャなのだ。彼女と関わった所で一つも有益な事などない。


 そう言い聞かせて細い路地裏へ身を隠そうとしたのだが――




「あ、ちょっと待って」



 リリィは逃げる僕の意思を一ミリも汲み取らずに、背後から肩をポンと持つ。


「エレノアくんって今日空いてる? せっかく会ったんだから、一緒にクエストに行こうよ。私報酬いらないからさ」



「…………悪いが、今日は予定があるんだ」嘘をついた。



「……ふーん。エレノアくん。久しぶりに会ったら変わったね。そんな嘘をつくなんて」


「ッ!?」



「あ、カマをかけてみただけなんだけど、その反応を見るに本当に嘘ついていたんだ」


「……………………」



 まんまとしてやられた。僕が馬鹿すぎる。完敗だ。きっと僕程度の人間がリリィに騙そうとしたのが間違いだったのだ。



 どうする? さらに嘘を重ねて断ろうにも何も理由が浮かばない。頭の中は真っ白である。



 恐らく「今日はクエストに行きたくない」と素直に伝えたら彼女は僕の意見を尊重して引き下がってくれるとだろう。やる気の無い者を戦場に連れ出してもロクな事にならないのはボッチの僕でも知っている。



 魔王が討伐された今、昔ほど魔獣の数こそ減ってはいるが、人類の平和を脅かす危険な存在である事は変わっていない。魔獣討伐は、命懸けの仕事なのである。



 そんな事を百も承知でリリィが僕に頼むのは……アレだ。



 僕がそこまでクエストに行きたくない訳ではないのを、リリィは感覚的に理解しているからだろう。



 恐るべし陽キャの対人能力。僕にもその空気の読み方教えてくれ。



「……まっ。私と一緒に行きたくないんだったら別にいいけど~。あ~あ残念だなぁ~。久しぶりにエレノアくんと戦いたかったなぁ~。でもどーしよ? 私、まだ誰も誘っていないから一人で魔獣と戦わなきゃいけないなぁ。そんなの絶対死んじゃうよぉ。うえ~ん! はぁ~。もっと生きたかったなぁ!」



「……………………」



「今から一時間後に街の門で待ってるけどエレノアくんは無理に来なくていいからね! ホント無理しなくていいからね! エレノアくんが一緒に来てくれないと私絶対死んじゃうけど、ホント気にしなくていいからね! ホントだよ! ホントにホントだよ!! あ、でも私のお葬式には出て欲しいかな?」



「……………………」



 リリィは満面の笑みで「じゃあ~ね~~~!」と言い残し、僕にブンブン手を振りながらこの場から去っていった。その姿は恐ろしく陽気で、とても死を覚悟した者の行動には見えなかった。



 ……ずるい。あんなの反則だ。こんなの行かない理由など無いではないか。

 彼女の何が凄いって、強引なのに不快ではないのだ。人の嫌がる距離感を完璧に把握している。



 最初はやや強引に距離を詰めて人の心の殻をこじ開けて、最終的には引いて選択権を相手に委ねる。素晴らしい。僕は心の中で拍手した。理屈は分かるが真似れる気がしない。



 本当に凄い。あれだけ気分が落ち込んでいたのに、リリィのおかげでちょっと元気になった。……美人に頼られるって嬉しいもんなんだなぁ。



 僕が腕を組んで関心していると「あ、それとエレノアくんッ!!」リリィが駆け足で戻って来た。



「エレノアくんの痛めた首、治しといたぜ!」



 言ってからのドヤ顔プラス親指立て。非常に満足気であった。


 ……試しに首を回してみる。痛くない。恐らく僕の肩を持っていた時に、さりげなく回復魔法を使用していたのだろう。





 ……ずるい。本当にずるい。何だアイツ。化け物かよ。

 惚れそうになるから止めてくれ。頼むから。



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