第2話 闇魔術師エレノアは陰キャである②


「………………………………」


 僕はギルドに貼られているクエスト掲示板を見上げて――ガックリと肩を落とした。声は出さず、無言で落ち込む。話し相手がいないのに喋ったら変な奴だと思われちゃうし。



 朝に張り出された二十を超えるクエストのほとんどは受注済みの判子が押されていた。残されたクエストも『第二階級相当の魔獣の討伐』などと、ソロの僕にとっては苦しいクエストしか残っていない。勝てなくはないかもしれないけど、三割ぐらいの確率で死んでしまう。



 ボッチの辛い所出てるなぁ。早朝にギルドの前に並んでクエストが張り出されるのを待っていれば、容易く討伐できるクエストもあったのだけど、悪魔の悪戯としか思えないタイミングで腹痛に襲われてしまったのだから仕方がない。



 パーティーを組んでいたらそんな悲劇も起こらなかったんだろうなぁと考え、さらに凹む。根っからのネガティブ思考な僕は一度凹むと浮上するのに常人の何倍も時間がかかる。経験的にこの悲しいは今日一日ずっと引きずるだろうなぁ……はぁ。



 ……仕方がない。今日は働くのをやめて、引きこもって読書でもしよう。必要最低限の生活だけど、しばらく何もしなくても生きている程度の貯蓄はあった気がする。


 今日の方針を決めた僕は、フードを深くかぶりクエスト掲示板に背を向ける。ギルド内ではこれからクエストに出発するであろう、四人から八人ほどで構成された複数のグループがそれぞれ士気を高め合っていた。



 僕が喉を壊さん勢いで叫んでも完敗しそうな声量で一人が叫ぶと、グループ全員が満面の笑みで武器を持ち上げながら歓声を上げる。パーティーの心は一つになっていた。……べ、別に羨ましくなんかないんだからね!



 あちこちのグループで似たような歓声が上がる。一グループならまだしも、密室でこれほど声を出されたらもはや鼓膜への暴力である。耳を塞ぐのに遅れてしまった僕は、眩暈を起こしながらも、己の場違い感を自覚し迅速にギルドを去ろうとするが――



「――――う、ぐっ…………!?」



 突然目の前に立ちふさがった甲冑男に激突してしまう。甲冑に勢いよく頭をぶつけた僕は、尻餅をついてしまう。一方、甲冑男はぶつかったというのに特にのけ反る事も無く、ニヤニヤと不快な笑みを顔に張り付けながら僕を見下ろした。



「……あれ、いたの? ごめんごめん。気付かなかった」


「……………………」



 そう言って甲冑男は僕に向かって手を差し出す。彼の優しさを無下には出来ないと僕は手を伸ばした。



 ……ちなみにだけど、陰キャは他人の悪意を察知するのが得意だ。



 何故なら、常に誰かに嫌われていないか怯えているからだ。特殊能力というか、もはや呪いである。ねじ曲がって根本が腐りつつある精神は、孤独故に基本的に他人を信頼する事が出来ないのである。



 ――だから、彼がわざと僕にぶつかった事も、僕を心底馬鹿にしている事も分かっていた。



 それでも、僕は彼に手を伸ばした――が、しかし。案の定と言うか、甲冑男は手が触れ合う瞬間に手を自分の腰に置いた。引き上げられる予定だった僕の手は盛大に空を切り、べタンと再び地面に叩きつけられる。甲冑男が僕を指さしてケラケラと笑う。



「なぁ、アンタっていっつも一人だよな。友達いねぇの? ――ああ、そうだった。『闇魔術師』は友達を作ったら弱くなるんだったな。うわー可哀想ー」


「……………………」


「一度闇魔術師に聞きたかったんだけど、何で光魔術じゃなくて闇魔術を扱おうと思ったんだ? まともな頭してたら『魔王』と同じ闇魔術を習得しようなんて思わねぇだろ」


「……………………」


「――あ、悪い悪い。闇魔術師を目指したんじゃなくて、根暗過ぎて光魔術が扱えなかったんだよなぁ! アッハッハッハッハ! 失礼! 陰キャの闇魔術師さん!」


「……………………」



 僕は――黙る。



 黙って立ち上がり、甲冑男から目を反らして、逃げるようにギルドを去る。

 目尻の涙を拭いながら、僕は甲冑男から逃げる。とにかく逃げる。どこに? 誰もいないところに。自宅という、心の底からホッとできる場所に一刻も早く戻らなければ。



 頭の中は様々な感情でぐしゃぐしゃになっていたが、その中でも一際強い感情は己の情けなさであった。



 僕にほんの少しの勇気があれば、戦えたのに。

 僕にほんの少しの自信があれば、甲冑男の言葉など鼻で笑えたのに。

 僕にほんの少しのユーモアがあれば、軽く受け流せたのに。

 僕にほんの少しの知能があれば、反論できたのに。




 ――何も持たない僕は、どうしようもなく脆く貧弱であった。


 ……甲冑男の言葉を否定することは出来なかった。



 そう。僕が闇魔術師になったのは、陰キャ故に闇魔術しか扱えなかったからだ。彼の言葉は全て図星で、僕の心はズタズタになっていた。



「……………………」



 ――数か月前に光魔術師一同に討伐された『魔王』は、闇魔術を使い数千という魔獣の軍団を作り上げた。もし光魔術師一同が魔王を討伐できていなかったら、冗談ではなく世界は滅んでしまっていただろう。



 魔王によってもたらされた被害は極めて甚大で、討伐された今も生き残った魔獣が村を気まぐれに襲ったりしている。世界は今、修復中なのである。



 闇魔術師は忌み嫌われる。魔王が闇魔術師だったから。世界は恐れているのだ――新たな魔王が生まれてしまうことを。一時は闇魔術師は全員処刑しろという運動もあった。



 ……生きられるだけ、マシなのかもしれないなぁ。そんな事を思い、僕は乾いた笑みを浮かべた。



 ――と、



 背後から声が聞こえた。



「――エレノアくん――ッ! ちょっと待って!」



 何者かが僕の名前を呼んでいる。甲冑男ではない。若い、女性の声だった。

 …………正直、心は沈み切っているし半泣きだし、出来れば呼び止める声を振り切って走り出したい所であったが――僕は目を擦ってゆっくりと振り向く。



 名前を呼ばれた事がちょっと嬉しかったからだ。



「エレノアくん……ッ! ねぇ、私の事、覚えてる……?」



 振り向くと、目の前にはとても美しい女騎士がいた。



 うなじでまとめられた艶やかな金髪。サファイヤのような煌びやかに輝く青色の瞳。



 白い肌が日光に反射して彼女が輝いて見える。オーラ的な何かが見える。



「……………………」



 僕は驚きつつもゆっくりと頷くと、彼女は目を丸くさせた後、満面の笑みを浮かべた。



 美しい、凛々しいと言った印象を受けた僕だったが、目を細くさせてくしゃりと笑う彼女には少女のようなあどけなさが残っており、その殺人的なまでの可愛さに軽い眩暈を起こした。


 可愛さと美しさを兼ね備えているなんて、最強かよ。



 しばらくの間僕は彼女に見惚れてから、ハッと我に返る。落ち着け落ち着けと自分を律しようとするが、彼女から目を反らす事が出来ない。おかしい。目を反らすのは大得意な筈なのに。 



「良かったぁ! 覚えてくれてたんだねッ! エレノアくん! 嬉しいなぁ嬉しいなぁ! 背、伸びたね。暫く合わない間にカッコ良くなっちゃって~~!!」


「…………お、おう」



 君も奇麗になったね――なんて僕が言える訳も無く、ひたすらキョどる。陰キャは喜怒哀楽を外に出すのが非常に不得意なのだ。




 ニコニコと、心底嬉しそうに笑う彼女は――

 ニア・リリィ。

 僕と彼女は、幼馴染であった。


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