第2章 システムという名の楔(くさび)

第2章 第1話 アセリア

 色んな人に体をバシバシ叩かれながら街へ戻り、そのままパーティーに参加させられそうになったけど、俺の顔があまりにひどい状態なので諦めてくれた。

 と言っても宿を取ってる訳でもないし、休む場所がない。


 このままバックレようかな。お金はヘスティアさんに渡してあるし、護衛はアズベルに頼んである。

 後は離れた場所からリアが王都へ行くのを見届けて、雲隠れするか。


 手が引っ張られる。


 まだ人ごみの中だけど、小さな手は俺を力強くひっぱり、どこかへと連れて行く。

 街中がごった返している。どこもかしこもお祭り騒ぎで、すれ違う俺を気に留める人は居ない。


 ギルドの前に着いた。

 俺の手を引いていたのは……リアだった。


 背中を押されてギルド内に入り、ヘスティアさんに挨拶をしようと手を上げるが、止まる事無く3階へ連れていかれた。


 部屋の中に連れ込まれてベッドに座らされる。

 ここはリアの部屋だ。


「ゆーひゃん、しぶんで、きゃお、なおしぇる?」


 顔か、今まではメニュー画面は隠れて操作してたけど、もう隠す必要は無いな。

 メニュー画面のバッグ内にある治療セットを使用し、俺の顔は2秒で元通りになった。

 リアから見たら手が中空を彷徨さまよってるようにしか見えないだろう。


 隣にリアが座る。


「ほんちょうは、ひぶんで、いいちゃかったけど、じぇんぶ、はなしゅね」


 リアは今までの事を全て話してくれた。


 □□□□□□□□□□□□□□□□□□


 エリクセンの街で兄と一緒に住んでいた。

 両親はすでにおらず、2人で暮らすには大きな家だけど、両親の思いでもあり、兄妹で働きながら暮らしていた。

 私は薬屋で、兄は冒険者として働いていて、冒険仲間が遊びに来た時には手料理を振る舞っていた。


 でもある日、兄が冒険に出かけたまま帰ってこなくなった。

 今までも10日ほど帰ってこない事はあったけど、今回は随分と長い。

 そんな時に噂を聞いた。


『アセリアの兄が殺された』と。


 信じられない想いで冒険者ギルドへ向かって話しを聞くと、帰ってきた答えはさらに信じられないモノだった。


『そんな冒険者はいません』


 そんなはずは無い。兄は確かに冒険者として報酬を得ていたはずだ。

 モヒカン頭の人だって一緒に冒険をしているといっていた。

 食い下がる私に帰ってきた答えは『その名前は指名手配犯にならばいます』だ。


 そしてバグレスの街で晒し首になっている、と。


 指名手配犯は捕らえられたら処刑され、罪の重さに応じて晒し首にされる。

 これがこの世界の通例だから。


 何かの間違いに決まってる。

 そう思いながらバグレス行の馬車に乗り、数日かけてバグレスへと到着する。


 すがる思いで冒険者ギルドへ行った。

 ここでなら冒険者としての兄を知っているはずだ、とかすかな期待を持って。


 しかし結果は変わらなかった。


 絞首場へ向かうと、首が2つ並んでいた。

 モヒカン頭の人と……兄だった。


 お兄ちゃん……冒険者じゃなかったの? 強盗団E・D・Dってなに?

 私に買ってきてくれたプレゼントはどうやって買ったの? お土産は? 冒険者仲間じゃなかったの? みんなに感謝されたってウソだったの?


 色々な事が頭を駆け巡った。

 

「お嬢ちゃん、あんたもコイツらに被害をこうむったくちかい?」


 呆然としていると、おばあさんが声をかけてきた。


「あたしゃコイツらに息子夫婦と孫を殺されてねぇ、しかも殺すだけじゃ飽き足らず体をバラバラにして遊んでたらしいんだよ。もっともっと苦しんで殺して欲しかったけど、いい気味さ」


 ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい! ごめんなさい!!

 言葉がでず涙があふれ出てくる。

 私に手渡したお金は……きっとその人たちの……!


 立っていられずしゃがみ込むと、おばあさんが背中をさすってくれた。


「お嬢ちゃんも大変だったねぇ。誰を殺されたかは知らないけど、これで安心して過ごせるよ」


 違うの、違うんです! おばあさんの息子さんやお孫さんを殺したのは私の兄なんです!

 いっそ私も殺して欲しい。おばあさんに殺された方がマシだ。


 でも私はそんな事をいう勇気もなく、ふらふらと街をさまよっていた。


 E・D・Dが捕まって数日が過ぎていたけど、街の中ではよく話しを耳にした。

 これで安心だ、観光客が来るようになった、行商人が増えた、やっと商売が出来る、旅行に行ける、子供が安心して遊べるようになった。


 ユグドラって冒険者に感謝だな。


 ユグドラ……そういえば兄が置いたあった板の近くに看板があった。

 そこには確か、新人冒険者ユグドラの大手柄おおてがらって。


 その人がお兄ちゃんを殺したんだ。

 私も、殺して……くれないかな。




 その後はよく覚えてない。


 気が付いたら馬車に乗ってエリクセンへ向かっていた。

 そっか、こうやって馬車に乗って他の街に行くのって、お兄ちゃんが居たら出来なかったんだね。

 移動中の他のお客さんは、みんな笑顔だ。


 この笑顔を、お兄ちゃんは、壊してたん、だ。





 何日目かの夜、護衛の冒険者さんが騒ぎ始めた。


「なんでこんなに沢山いるんだ!?」


「オーガの群れと狼の群れが同時に出るなんて聞いた事ないぞ!」


 オーガは私も聞いた事がある。

 1匹ならいいけど、2匹以上いたら助からない、そんなモンスターだ。

 きっと、きっと私を殺そうとしてるんだ。


 これで、死ねるんだね。


 でも死ねなかった。

 “あの人”が私達を救ってくれた。

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