第65話 最後の殺人

「お前の選択肢は2つ。俺に殺されるか、自ら命を絶つか、選べ」


 なんで、どうして? 初めて会った奴に、なんで殺されるか自殺しろなんて言われるんだ?

 ああそうか、俺が人殺しだからだな。

 リアのお兄さんを殺すなんて夫婦、いや知り合いですらない。


 家族のかたきだ。


 そんなの殺されて当たり前だ。

 体に力が入らず、膝をついて、そのまま地面に座り込む。

 俺は、居るだけで、リアを、傷つけて、しまうんだな。


 目の前が何も見えなくなる。

 黒いのか、白いのか。目が開いているのか、閉じているのか。

 そもそも思考が停止してしまって、何も考えられない。


 悔しい? 後悔? 謝りたい? 近いけど全部違う。

 消えてしまいたい。

 

 俺の存在のすべてを、俺がこの世界に来てからのすべてを、消してしまいたい。


 頭に衝撃が走る。

 ふと意識が戻り前を見ると、髪の長い男が剣をさやに入れたまま俺を殴りつけている。


「ええい忌々いまいましい!」


 顔面に蹴りを入れられて背中から倒れる。

 麦わら帽子と一緒にヘルメットも脱げて転がっていく。


 髪の長い男が俺の胴体に片足を置き、また顔を鞘で殴り始める。

 このまま殴り殺してくれるのかな。

 ごめんねリア。俺は君の気持ちなんて全く知らなかった。


 くるしかったよね、さみしかったよね、にくかったよね。

 きっと気が狂いそうなほどうらんでいるだろうね。


 せめてリアにとどめを刺して欲しいけど、キミの手を汚す必要はないよ。

 いや英雄になれるかな、人殺しを倒した英雄に。


 耳が聞こえなくなってきた。目も腫れて良く見えない。

 顔の機能が段々と失われていく。

 そろそろ……かな。


「よげで! ひゅーさん!!」


 聞こえないはずの耳に入ってきた声に、俺は反射的に顔を横にずらす。

 なんだ? 何の声だ?

 必死に目を見開くと左側の地面に剣が突き刺さっている。

 ああ、いつの間にか鞘から抜いていたのか。


 なんで避けたんだっけ。


「だだがっで! しんじゃ、やーー!」


 リアの声だ。

 リアが喋っている。

 リアが戦えといっている。

 リアが死んじゃやだと言っている。

 

 分かった、それがリアの願いなら、俺は戦おう。


 髪の長い男が、右手に持った剣を首目がけて振り抜く。

 スローモーションで動く剣を右手で握り、ゆっくりと上体を起こすと剣が折れた。


「きっ、貴様ぁ! まだ抵抗するか!」


「クルーゼル様、その男は仲間にするか、国内にとどめておくように指示されております。その手をお止めください」


 もう一人の声がする。ああ、あの冒険者の声だ。


「貴様には小娘を捕らえていろと命令したはずだ! 出しゃばるな!」


「しっかりと捕えております。クルーゼル様、今一度お考え直し下さい」


「うるさい! どいつもこいつも俺の事をないがしろにしやがって、なめるのも大概にしろ!」


 何かが弾かれる音がした。

 何が起こっているのか分からないが、目が見えないから音を頼りに手を伸ばす。

 

「ぐあぁ! きさ、きさ、貴様! 手を離せ! 大人しく殺されていればいいんだ!」


 俺の右腕に2つ感触がある。多分両手で押さえているんだろう。

 声の位置からして、掴んでいるのは顔だ。


 じわりじわりと手に力を入れ、地面に押し付けるように下におろしていく。

 ずっと悲鳴と罵倒が聞こえる。


 地面に当たった。

 こいつの顔面を地面に押し付け、力を入れようとするが手が止まる。


 こいつにも、家族がいるんだよな。親や兄弟、恋人やお嫁さんがいるかもしれない。

 そうでなくても知り合いがいるだろう。

 リアみたいな人を……増やすのか? これ以上罪を重ねて良いのか?


「悩んでいるようだな、冒険者の先輩として2つアドバイスしよう。1つ、その男・クルーゼルは天涯孤独だ、いや家族全員をその手にかけたんだ。2つ、その男が生きている限り、アセリアや君に平穏は訪れない」


 冒険者の先輩だって? 俺をだましていた奴が言う事じゃない。

 でも俺はともかく、リアに平穏が訪れないのは困る。

 家族が居ないどころか自分で殺したのか……そんな奴が本当にいるなんてね。


 これが……お前で最後だ。


 手だけではなく全身に力が入り、同時に軽いはじける音がした。


 さっきまで聞こえていた悲鳴は聞こえない。

 さっきまで俺の手を掴んでいた両手の感触が無い。

 さっきまで暴れていた体はもう動かない。


 終わった……のかな。


 


 気が付けば俺の周りを沢山の人が囲んでいた。

 どうやら気を失っていたらしい。

 囲まれてはいるが、誰も手を出してこない。

 いや誰かが顔を触ってる。


 まだよく目が見えないけど、地面に当たってる顔が痛い。

 両手で体を持ち上げて正座をする。


「うおーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


 一斉に歓声が上がる。

 なっ!? 何事!?


「ひゅーしゃん、ひゅーしゃぁん!」


 首に誰かが抱き付く。

 リアだ。

 リアは……怒って無いのかな、恨んでないのかな、もう俺の役目は終わっちゃったのかな。


「生きてるじゃねーかよバッカ野郎! 誰だ死んでるって言った奴!」


「そりゃピクリとも動かないし、体が重くて動かせないし、死んでると思っても仕方ねーだろ!」


「なんにせよめでてぇ! よっしゃ戻ってパーティーだ!」


 ……なんかみんな喜んでるな。

 みんなが幸せならいっか。

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