第41話 神獣ヴォルフ

「今の声は何だ!? まさかユグドラに何かあったのか!?」


 馬車の後方から慌てた声がする。

 誰だよ、今俺はリアを抱きしめるという至福の時間を過ごしてるんだ、邪魔しないでくれよ。


「……あのな? せめて時と場合を考えてくれ。他にもたくさんいるんだぞ」


 なぜか呆れている誰かさん。

 てか誰だろう。

 仕方なく顔を横に向けると、アズベルが馬車の後ろに腰かけて顔に手を当てていた。


「やっとリアを抱きしめられたんだから、邪魔しないでよ」


「だからな、嫁を抱くなら人目のない所でやれ。馬車群に何人いると思ってるんだ」


 抱く? いや流石の俺でも人前でヤったりしないよ。

 なんでそんな勘違いしてるんだ? まったくアズベルはエッチだ……俺が装備していた鎧が目に入る。

 皮膚と鎧が癒着していたわけだから、もちろん肌着も鎧とくっついている。

 肌着を着ていない俺は当然の様に裸なわけで……!?


「あ」


 改めて自分を見ると、見事に一糸まとわぬ姿だった。

 その状態で馬車に座り、体の前にリアを座らせて抱きしめている訳だから、うむ駅弁だっけ? 座ってるから別の名前かな? まぁそんなふうに見える訳だね、うん。


「ちがうんだアズベル! これは単純に抱きしめてただけだから!」


「うっさいわ。とにかく服を着ろ、そろそろ昼飯の準備が出来るから、服を着たら降りて来い」


 頭をかきながら馬車を降りていった。

 う~ん、これは流石に周りが見えてなさ過ぎたな。


 仕方がない、名残惜しいけどリアと離れて着替えをしよう。

 リアを見ると両手で顔をおおって震えている。

 ああー、リアも言われて初めて気が付いたな、この状況に。


「リア、服を着るからチョットどいててくれる?」


 両手で顔を覆ったまま立ち上がり、俺から一番遠い隅っこに行ってしまった。

 そんなに恥ずかしかったのか。


 とりあえず服を着ないとな。バッグの中に予備のローブくらい無かったかな?

 えーっと、服が入ったバッグはどこだっけ? あ、あった。

 中に入っている服を見て困った。

 ゲーム時代にネタで作った奇抜な衣装ばかりだ!!


 仕方がない、番長の服を……学ランしかねぇ!


 諦めて薄手の革鎧を装備した。

 革鎧と言っても、日本でも売ってるような茶色のレザーパンツとレザージャケットだ。

 ちょっとピッチリだけど、無いよりマシだ。


 脱ぎ散らかされた金属の鎧はもう使えない、しずかに見せれば治るかもしれないが、溶かして新しいものを作った方が早いだろう。

 幸い武器の予備はあるから、しばらくは何とかなる。


「リア、もうこっち向いて大丈夫だよ」


 こっちを見ない。


「リア?」


 近づいて肩に手を乗せると振りほどかれた。

 なんで!?

 立ち上がったかと思うと、俺から走って離れていった。


 ?? あ、ひょっとして怒ってる? いや待てよ、そもそも昨晩まではこんな状態だったような……でもさっきまでは俺を心配して抱きしめてくれてたわけで。


 我慢がまんしてたのかな。本当は甘えたかったけど、甘える資格が無いとかなんとか考えて。

 資格が無いというのは自殺をした事だろう。

 だから自分を押し殺して俺と距離を取っていたのかな?


「リア、頭が寒いから、また抱きしめてキスしてほしいな」


 ツルツルの頭を自分でたたき、リアに謎アピールをした。

 チラリとこちらを見ると、半分怒ったような、感情を押し殺したような表情が一変、口を押えて吹き出してしまった。

 

 ペシンペシン


 天辺てっぺんをリアに向けて頭を叩く。

 素直にこっちに来てくれないかな。

 もう一回叩こう。


 しかし違う手が俺の頭を優しく包み込み、柔らかいモノが頭に当たる。


 顔を上げると困った顔のリアが俺の頭を触っていた。

 まだ完全には元通りにはならないかな。

 でも、少なくとも嫌われていないのが分かって良かった。


 唇にキスをして、手を繋いで馬車を降りた。




「おーやっと来たか。遅いから先に食って……ブフォッ!」


 アズベルが盛大に吹き出した。

 吹き出した原因は俺の頭だろう。


「おま……それ……ツルッパゲになりやがったか! うひゃひゃひゃひゃ」


「腹抱えて笑うな! 指差すな! 俺だってチョット恥ずかしいんだからな!」


 しかしアズベルだけでなく、他の冒険者も旅行客も笑っている。

 クッ、ここは開き直るしかない!


「ま、まぁ頭を洗うのが楽になって丁度いいさ」


 ペシリと1度頭を叩く。

 しかし一部からは同情とも違う視線が向けられている。

 そう、ハゲ仲間だ。

 っているハゲではなく天然ハゲの方だ!


 剃っているハゲはファッションもしくは理由があるが、天然は違う。

 そんな同類を見る目で俺を見るなー!

 生えてこないと決まったわけじゃないんだぞ!


「あー笑った笑った。それで、体は大丈夫なのか?」


「あ、うん、ほぼ元通りかな。心配かけたね」


「全くだぜ。ボロボロになってヴォルフを引きずってきた時は、もう助からねぇと思ったからな」


 俺とリアもイスに座り、昼食を始めた。

 昼は襲われる心配が少ないため、冒険者と旅行客が一緒に昼食をとる様だ。

 アズベルから黒い布を手渡された。自分の頭をトントン叩いているけど……ああ、頭に巻けって事か。

 斜めに1回たたんで頭が隠れるように結んだ。


「ヴォルフっていうの? あの狼」


「ああ、ここ最近は大人しかったが、まさかダイアウルフを引き連れて来るとは思わなかったぜ」


 そう言って親指で馬車群ばしゃぐんの後方を差すと、ヴォルフとダイアウルフが荷車にぐるまに積まれて布が掛けられていた。

 多分次の街で売るんだろう。


「神獣と噂されるヴォルフを倒すとは、お前には本当に驚かされる」

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