第13話 落とし穴

 初日はとても順調に進みました。

 今日だけで10人から満足印まんぞくじるしをもらいました。

 同じペースで進めれば、10日で終わります。


 とはいえ、そう順調には行かないでしょう。


 鍛冶仕事は、朝は人々が仕事を始める時間、大体8時でしょうか。夜は日が沈んだら終わりです。

 季節によって変わりますが、朝8時から夕方5時といった所でしょうか。

 途中で休憩を数回はさんでいたので、まぁ8時間労働ですね。


 鍛冶屋の近くで宿をとり、明日に備えて早くに寝ましょう。




 翌朝になり、身支度をして鍛冶屋へ向かいます。

 そろそろ鍛冶屋が見えてきます。

 人の姿はチラホラ見えますが、大勢の方が話しをする声が聞こえます。

 商店か何かで開店準備をしているのでしょうか。


 鍛冶屋が見えました。

 ……はて、なんでしょうかこの人だかりは。鍛冶屋の前に沢山の人が並んでいます。


「お! 来た来た。おーい、今日も頼むよ~」


 みなさん手を振っています。

 えっと、つまり今日の私のお客さん、というわけですね?


 この日はとても順調でした。

 お客さんの数も14人と昨日を上回り、皆さんから満足印をもらいました。




 数日間は順調に進みました。

 お客さんも冒険者や裁縫師さいほうし、料理人など様々で、楽しく仕事が出来ています。

 満足印を50人からもらい、この分だと10日かからず終わるのではないか、そう思っていました。


 しかしそうは問屋とんやおろしません。

 

 今私の目の前にあるのは武器と防具の山。

 そう、1人の方が20個近い数の修理依頼をしてきたのです。


「いや~ぁ、修理半額って聞いたからさ、今のうちに全部頼んどこうと思って」


 なるほど、そう来ましたか。

 半額でお客さんが増える一方、大量に持ち込む人も出てくるのですね。


 勝負はあくまでも人数です。1個でも一人、20個でも一人。

 とんだ落とし穴があった物ですね。

 これは他にも落とし穴があるかもしれません。気を引き締めていかないと。


 この日は3人しか満足印をもらえませんでした。

 修理できたのが3人だけでしたから。

 これが10日続いても30人をさばけますから、期間的には問題ありません。




 そしてさらに数日が過ぎ、満足印は60人になりました。

 ペースが遅いです。理由は分かっています。

 1人で50個以上の修理依頼をする人が居たのです。


 ええ、1日どころか翌日までかかりました。


 そしてさらに数日が過ぎた日、雲行きが怪しくなりました。

 

「おうねーちゃん、これの修理をたのんわ」


 ニヤニヤと品の無い笑い方をする男性と、その取り巻きらしい男女が数名入ってきました。

 床に置かれた物を見てみると……!?


「酷い……び方ですね」


「そうか~? 俺が生まれる前から海沿いの小屋の中に転がってたんだ。そんぐらい直せるだろ」


 錆び、と言いましたが、すでに原型を留めていないほど朽ち果てています。

 恐らくですが、大型船のいかりです。


 3つ爪の錨でしょうか。1つは完全に無くなり、2つも先端が無く、元の形が分かりません。

 これは修理するという状態ではありません。


「失礼ですが、これは修理するよりも新しいものを購入する事をお勧めします」


「ああ~ん? これはジイさんの形見なんだよ! 捨てて新しいのを買えってのか!?」


 形見なら大切に仕舞っておいてください。と言いたいのを我慢し、何とか断る方法を考えます。

 この手のやからは正論で攻めても逆効果です。とはいえ下手な事を言うと逆切れして手が付けられなくなります。


 背中をつつかれました。

 何かと振り向くと、鍛冶屋の親方さんが困った顔で頭をかいています。


「しずかさん、鍛冶・100人勝負では依頼を断れないんだ。受けるしかない」


 目を見開き、ギルドマスターの言葉を思い出しました。

『特にないが、鍛冶屋としての仕事に限り、依頼は全て受けるってくらいだな』


 依頼は全て受ける……何と言う事でしょう、とてつもない爆弾が仕込まれていました。

 私は自分でいうのも何ですが、1度受けた仕事は完遂かんすいさせます。

 どんな仕事でも、受けたからにはやりげる。それが職人としての矜持きょうじです。


 依頼を受けたが無理だったからキャンセル、など出来ません。

 断る事を許されないこの勝負において、最大の弱点となってしまうとは……。


「……分かりました、お受けします」


「おうたのんわ。じゃあ出来たらとりにくら~」


 そうして男性と一行は出ていきました。

 すでに原型も留めていないこの錨。どうやって修理しろというのでしょうか。

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