40.はい、アウト!

「…………」


 ビッチちゃんのあまりの所業に、大審議の場は静寂に包まれた。いやもう、予想以上にひどすぎて、みんなドン引いてるよ。

 これまでもビッチちゃんのアレな言動は会場中に周知されてたけど、さすがに嬉々として重大な犯行に及ぶのは、常人の理解の範疇はんちゅうを超えているからね。

 それにしても、気に入らない人間を池に沈めてスキップしながら帰っていくって、なんのサイコホラーだ。結果的にコーラル嬢が助かったからよかったけどさ。

 でも、これだけでもビッチちゃんアウトじゃね? 彼女より上位の令嬢、それも侯爵家の子息の婚約者を殺そうとしたんだから、かなりの厳罰が科せられるんじゃないんだろうか。

 それを言ったら、高位貴族含む相当数の令嬢に嫌がらせしていただけでも対象になるんだろうけれど。あ、もちろん王族への不敬は、それ以上の罰になるだろうけどね。

 ビッチちゃん、ひょっとして悪女として歴史に名を残すつもりなのかな? ……いや、さっき「むしろ聖女なのに」って言ってたから、それはないか。


「……ッ! ……ッ!」


 わたしの考えを肯定するかのように、ビッチちゃんが憤怒の表情で挙手をしている。

 ──けれど、それが陛下に認められることはなかった。


「……このように、ビッチ・スタインは明確な殺意をもって、コーラル・ファーガソン子爵令嬢を殺害せんとした。サバス・パーカーという恋人がいるにもかかわらず、異性の注目を集めるのが不快という身勝手な私情により犯行に及んだこと、もはや言い訳も効かぬ」


 言い訳って言っても、ビッチちゃん、今までツッコミどころ満載なのしかなかったしなあ……。それに死にかけたコーラル嬢を公然と侮辱していたし、あれだけでも心証は最悪だろう。


「不服なようだな、ビッチ・スタイン。だが、あれだけ嬉々として罪を犯しているのだ。言い逃れはできぬぞ。……ああ、この映像が偽物だと主張したいのなら、先にそれは無理だと申しておく。なんといっても、嘘をつかぬ精霊の王であるシダース様からいただいたものだしな」

「……ビッチ・スタインに殺されかけた令嬢は、彼女を守護している精霊の願いによってわたしが助けた。殺人者にならなかっただけ感謝するのだな」

「……ッ! ……ッ! ……ッ!」


 陛下の言葉を受けて、シダースさんがビッチちゃんに言った。

 けれど、ビッチちゃんはたいそう不満そうな、でもこの期に及んでこびを含んだ目でシダースさんを見つめている。これ、口を開いたら、絶対誤解ですとか言い出しそうだなあ。


「──しかし未遂とはいえ、極めて悪質で情状酌量の余地はない。この罪状は、流刑に相当するだろう」


 陛下がそうおっしゃった途端、傍聴席からざわざわと声が上がった。

 うん、ビッチちゃんの罪はこれだけじゃないもんね。ビッチちゃんは「そんな馬鹿な!」って顔してるけど、これたぶん流刑じゃ済まないだろうなあ。もちろん流刑……精霊の加護のない島に流されるだけでも、かなりきついだろうけど。

 あそこはろくに作物もできないし、甘ったれた考えのビッチちゃんにサバイバル生活は無理だろうな。うん、これだけでも実質死刑と言っていいかもしれない。


「だが殺人未遂罪のほかに、ビッチ・スタインは既に王族への不敬罪と偽証罪、マグノリア嬢やディアナ嬢を含む複数の貴族令嬢への侮辱罪と器物損壊罪が確定しておる。その悪質性を踏まえると、スタイン男爵家も処罰の対象になってくる」


 陛下が罪状を並べているのをギリギリと歯ぎしりしながら睨みつけていたビッチちゃんは、スタイン男爵家も罪に問われるらしいと知った途端に「ざまぁ」というような顔で彼女の家族を見やった。

 ……なんだかなあ。ビッチちゃんのせいでこうなってるのに、悪びれもしないどころか喜ぶってひどすぎない? ビッチちゃんにそんなまともな感性を求めるほうが間違っているのかもしれないけれど。

 そのスタイン男爵は、気を失っている夫人を支えながら、諦めを含んだ視線で陛下を静かに見つめている。その傍には、マントを付けた五、六歳くらいの男の子がおびえたように寄り添っていた。

 陛下は一瞬ビッチちゃんに侮蔑の視線を投げかけたあと、それよりはだいぶ柔らかい様子で、彼女以外のスタイン家の人々に目を向けられる。

 そして、陛下はおもむろに続けられた。


「──そうではあるが、ビッチ・スタインと違って、スタイン家の者にはまだ酌量の余地はある。なぜなら、彼らもまたビッチ・スタインによって虐げられた者だからだ」

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