39.ガクガクブルブル!
「──静粛に。これより審議を再開する。以降、サバス・パーカーとビッチ・スタインの両名は、問いただされたことに対する返答以外の発言を許さぬ」
とうとう陛下に
うん、このままだと収拾つかなくなりそうだし、当たり前の措置ではあるかな。
サバス様は一応許可されてから発言をする気はあるみたいだけど、ビッチちゃんはそんなことおかまいなしだもんねぇ。いくら裁判の作法が分からなくても、そこは普通空気読むもんだけど……。
もう嫌と言うほどお花畑たちの非常識さが皆に伝わっただろうし、これ以上二人を泳がせておく意味もないしね。
「さて、コーラル・ファーガソン嬢は池に落とされた時の衝撃により記憶を失ったが、裁きには問題ない。ビッチ・スタインがコーラル嬢を突き落とした明確な証拠がシダース様により明らかにされたのでな」
「……ッ!」
陛下のそのお言葉に、そんな馬鹿な! って顔をして、ビッチちゃんが陛下を凝視した。
肝心のコーラル嬢がショックで記憶失っちゃったから、どうせばれないと余裕ぶっこいてたんだろうけど、シダース様が出てきたら、まあこうなるよね。
「配下の精霊がビッチ・スタインの犯行を目撃していた。その記憶を今表示させる」
シダースさんがそう言うと、画像が映し出される。
そこには、池のほとりのベンチで静かに読書をしている、名前のとおり
うーん、相変わらずかわいいね! お友達になりたい。一度彼女にそう言ってみたら、すごく恐縮された上に、丁重にお断りされたけど。
わたしがちょっとしょんぼりしていると、目の前の映像にビッチちゃんが足音も荒く登場した。
『コーラル・ファーガソン!』
ビッチちゃんにいきなり怒鳴り口調で名を呼ばれて、コーラル嬢がおびえた顔になる。
『なに、かよわそうなふりしてるのよ! 男の気を引くのだけに特化したアバズレのあんたらしいけど、こんな誰もいないところでまで演技することないでしょ!』
……いや、ビッチちゃんの悪評は学園にとどろいてるし、悪鬼もかくやという顔で怒鳴られたら、コーラル嬢がおびえるのは当然のことだと思う。
それに、恋人のサバス様だけでなく、複数の男性の気を引こうとしたの、ビッチちゃんのほうだよね? コーラル嬢は婚約者ができてから、その人一筋だし。
『たかだか子爵令嬢のくせに、ちょっとばかり男受けがいいからって、調子に乗ってるんじゃないわよ!』
鬼のような形相で、ビッチちゃんがコーラル嬢に押し迫る。それに対して、『そんなことを言われても……』と、コーラル嬢は可憐な顔に困惑を浮かべていた。
……こう見ていると、ビッチちゃんよりコーラル嬢のほうがよっぽどヒロインみたいだなあ。
そもそも乙女ゲーで、ヒロインにビッチなんていう、プレイヤーの心をえぐるような名前を受け狙い以外でゲームメーカーが付けるとはとても思えないんだけど。
そんなことを考えているうちに映し出されたのは、抵抗するコーラル嬢をビッチちゃんが無理やり引きずっていくところだった。
『ちょ……っ、なにを!』
『いくら言っても聞かないあんたには、おしおきが必要よね!』
ビッチちゃんが醜悪な顔でそう叫ぶと、コーラル嬢の背中をドンと押した。え、え……っ、ちょっと……!
『きゃああああ!!』
ビッチちゃんに突き飛ばされたコーラル嬢は、派手な水音を立てて池に落ちる。うわぁ、ビッチちゃん、マジでやりおった!
『あははははあっ! いい気味! ざまぁないわね!』
いや、笑ってないで助けなよ!
コーラル嬢が溺れているのを嘲笑っているビッチちゃんは、まるで悪魔のようだった。
『がぼっ、た、たす……っ』
『バーカ、助けるわけないでしょ! ほらほら、早く沈みなさいよー。あんたみたいなアバズレがいなくなれば、あんたの犠牲になった男性も救われるわね!』
ビッチちゃん、殺す気満々じゃん! これは言い訳のしようもないわ。
すると、なにを思ったのか、ビッチちゃんがさっきまでコーラル嬢が座っていたベンチまで戻っていく。
なにしてるんだ? と思っていたら、なんとビッチちゃんは、コーラル嬢が読んでいた本をぐりぐりと踏みにじっていた。……って、それ学園の図書室の所蔵本じゃないか!
『ほぉら、お忘れ物よー! ……あ、あれ?』
ビッチちゃんが本を持って、再び池のそばに戻ってくると、その水面にはぶくぶくと小さな気泡が上がっていた。
『なーんだ、もう沈んじゃったの? あっけなさすぎてつまらないなあ。もっとみっともなく泣き叫んでくれたらよかったのに』
ビッチちゃんは不服そうにそう言うと、踏みにじっていた本を池に投げ捨てる。それから思い直したように満面の笑みになった。
『でもまあ、いっか♪ こいつを排除できたし、あー、いい仕事したわーっ!』
ビッチちゃん、いい仕事したって殺し屋かよ。ビッチちゃんがまさにサイコパスで怖すぎる! わたし、こんな子と関わってたのか。
そしてビッチちゃんは、くるりと身をひるがえすと、そのまま楽しそうにスキップしながら校舎に戻っていった。
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