38.ささいなことです!
「ふ、ふざけるな! なぜわがパーカー侯爵家が、貴様などを養女にしなければならん!」
案の定、サバス様がビッチちゃんに噛みついた。けれど当のビッチちゃんは、なんてことないかのように、けろっとしてのたまった。
「サバス様、わたしを愛してるって言ってたじゃないですか! だったら、わたしのためを思って、わたしが王太子様の妃になるのに賛成するべきですよ! それに、パーカー侯爵家も未来の王妃を輩出できて光栄でしょう!?」
……うーん、ツッコミどころがありすぎて、どこから突っ込んでいいか分からない。
わたしや会場中の人々が困惑していると、怒りで顔を真っ赤にしたサバス様が怒鳴った。
「貴様のようなやつに協力など、冗談じゃない! 貴様はどこまで僕を侮辱すれば気がすむのだ! 第一、殺人未遂容疑がかかっている貴様が、王太子妃になれるわけがない!」
あれ、サバス様が珍しくまともなこと言った。
でもまあ、陛下やアーヴィン様に否定されても引き下がらなかったビッチちゃんが、それで納得するわけもないだろうけど。
「そんなことありません! わたしははめられたんです! 池に落ちた間抜けな子爵令嬢も記憶喪失だっていうし、証拠不十分です! マグノリアとディアナが出してきた証拠だって怪しいものだわ!」
……いやー、ビッチちゃんが出してきた証拠とやらと比べたら、はるかに立派なものですが。
なんとか取りつくろうとしてるんだろうけど、死にかけた
わたしが一瞬遠い目になると、サバス様がさらにビッチちゃんに噛みついた。
「まだ言うか! 貴様の言ったことは、すべて嘘だったではないか!」
「なんでそんなひどいこと言うんですか!? サバス様、言ってくれたじゃないですか! 『マグノリアは花の名前らしいが、きっとそれは毒花だろう。それに比べて、ビッチはスズランのように可憐だ』って! そんなわたしを信じないんですか!?」
……はあ?
ビッチちゃんのその暴露に、わたしは目が点になった。
サバス様、
どうでもいいことかもしれないけど、見た目かわいいからって、うっかり庭にスズラン植えると大変なんだよね。あれ、他の植物枯らすくらい繁殖力強いし。
ドクダミなみに駆除がめんどくさいから、その点ではビッチちゃんに似てるかもしれないけれど。……いや、ビッチちゃんと比べたら、スズランに失礼か。猛毒だけどかわいいし、いい匂いだしな。
「まあ……っ」
わたしがスズランに思いをはせていると、王族の席から、おかしそうにする女性の声が聞こえてきた。見ると、王妃様が扇子で顔を覆われて、顔を笑いをこらえていらっしゃる。
うんまあ、笑いたくなるのはよく分かります。ものすごい皮肉だもんなぁ。
「教養がないのだな」
「本当に高位貴族なのかしら」
「いや、一般常識ですらあやしいぞ」
会場からも、くすくすとあきれたような笑いがあちこちから起こっている。
馬鹿にされているのを感じ取ったのか、サバス様が傍聴席の人たちを真っ赤な顔で睨みつけた。
「植物図鑑を見せてやりたいが、ここの辞書のように破られてはかなわないからな。……おっと失礼」
「……なぁっ!? あっ、あれは、ここの職員に侮辱されて……っ!」
思わず出てしまったのであろう先王弟殿下の声に、サバス様がすかさず反応するけれど、それを陛下が断じられた。
「──サバス・パーカーが周囲を侮辱した事実はあれど、そなたが主張するようなことはない。最後に言い渡すつもりであったが、サバス・パーカーは、破った辞書全七冊を弁償するように」
あー……、大審議所にあるような辞書だからもしかしてと思ってたら、やっぱりそうだったか。
サバス様、一応高位貴族だから弁償するのはたやすいかもしれないけれど、パーカー家はうちにものすごい借金してるしなあ……。今回ホルスト家を侮辱したことで、今までの借金、全額そろえて返さなきゃいけない可能性があるんけど、そこんとこは大丈夫なんだろうか。
「そ、そんな、なぜですか!? あの者たちは僕を不快にさせたのです! それに、破ったのはたった数ページではないですか! それなのに、七冊も購入させるなんてひどすぎます!!」
「故意に破っておいて、ひどいもない。そなたが破った辞書は全七巻のうちの一冊。分冊の一部が欠けたとなれば、それをすべて弁償するのは当然であろうが」
「……ッ!」
陛下ににべもなく告げられ、サバス様が悔しそうに顔を歪める。
いや、そもそも自分のものじゃない辞書破るのがどうかしてるからね? サバス様のことだから、そんな辞書が存在していることすら知らなかったんだろうなあ。……まあ、わたしも前世だと図書館くらいでしか見たことなかったけど。
「サバス様、大丈夫です! そんな辞書くらい、パーカー侯爵家ならはした金でしょ? どーんと払ってやりましょうよ!」
ビッチちゃんは脳天気にもそう言ってるけど、もともとはビッチちゃんの毒花うんぬんから、サバス様がこの状態に
「うっ、うるさい! 貴様のせいで僕が馬鹿にされたんだぞ! そうだ、貴様が払え!」
「えっ、なんでですかっ!? サバス様が破ったんだから、サバス様が払うのは当たり前でしょ! けちな男はもてないですよ!」
大審議中だというのに、ぎゃんぎゃん騒ぐお花畑たちに、会場中からあきれた視線が注がれる。
今まで言い渡された二人の罪状からしたら、辞書代弁償するくらい
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