25.恐ろしい子!

「だ、誰だ、貴様! どこから現れた!!」

「えっ、だれ、誰っ? すっごい美形!」


 サバス様がうろたえた声を上げるのとほぼ同時に、ビッチちゃんが突然現れたシダースさんに色目を使った。……陛下に不敬罪と言い渡されたばかりなのに、懲りないなあ。

 そしてサバス様、仮にも高位貴族なのに、この状況で現れる存在は、ほぼ一人しかいないということに気づかないってどうなの?


「おお……、あの方が……」

「なんて神々しい」

「この場でお目にかかれるとは、なんたる幸運」


 わたしの思いに同調するかのように、傍聴席のあちこちから感嘆の声がこぼれた。


「おい、貴様! 僕の質問に答えろ! 無礼なやつめ!!」


 うわー、うわー、サバス様お馬鹿すぎ!

 あなたが指さしているその人、国王陛下よりもえらいんだぞ!?


「サバス・パーカー!! シダース様に対してなにをやっているのだ! 無礼なのはそなただ!」


 見かねた陛下がサバス様を叱責する。すると、驚いたサバス様が「えっ、えっ?」と慌てたように周りを見渡した。

 今や、ビッチちゃんを除く会場中から、サバス様に冷ややかな視線が送られている。……いや、パーカー侯爵は「おおお……、おっ、お……」と相変わらず声にならない声を上げていたけど。でも、さすがに侯爵はシダースさんが何者なのか気がついていたみたいだね。


「へ、陛下、彼は何者なのです? ぼ、僕はいきなり不審者が現れたので、問いただしただけです!」


 素直に謝罪すればいいものをこの期に及んで言い訳するサバス様に、陛下が凍るような視線を投げかける。


「仮にも侯爵家の令息であるそなたが、シダース様の御名を聞いてなぜ分からぬのだ? そもそも、先程のそなたのシダース様への態度は、そなたが今釈明しているようなものではないほど、無礼だったが?」

「えっ、いや、しかし……っ」


 陛下がこうおっしゃっても、まだシダースさんの正体に気がつかないサバス様の脳味噌つるつるなんじゃないの? それでなくとも、サバス様のあの上から目線の言いようはありえないけど。

 そしたら、空気読めないビッチちゃんが、妙に体をくねくねさせながら口を挟んできた。


「王様、サバス様を怒らないでください! サバス様はただ知らなかっただけなんです! そしてわたしもそのシダース様って方のことを知りたいです!」


 うわあああ……。

 許可なく発言するなってさっき陛下に言われたばかりなのに、同じてつを踏むなんて、ビッチちゃんアホなの? それとも不敬罪確定だから、もういくら不敬かましても大丈夫だって思ってる? その場合、罪状が上乗せされていくだけなんだけれど……。

 そして案の定、陛下が冷たい瞳でビッチちゃんを見下ろしながら咎めた。


「ビッチ・スタイン、そなた先程も許しもなく発言して忠告されたのに、無礼にもほどがあるぞ。身をわきまえるがいい」

「えっ、そんな! 王様、わたしに冷たすぎませんか!?」


 ……いや、あれだけ不敬を重ねておいて、冷たすぎもなにもないからね? 陛下が苛烈な方だったら、その場で首が飛んでる所業だから。


「裁かれる身でなにを言っておるのだ? あまりにも愚かすぎる」

「ひっ、ひどい! わたしがなにをしたって言うんですか!?」

「──いいかげんにしないか、ビッチ・スタイン」


 眉間にしわを寄せて事態を見守っていたシダースさんが、ビッチちゃんの暴走を止めにかかった。それに対して、なにを思ったのかビッチちゃんが顔を輝かせる。


「でもっ、わたしは被害者なのに! ひどすぎます! ねぇ、あなたもそう思うでしょう!?」


 渋面のシダースさんに、ビッチちゃんが媚びるように言った。


「──まったく思わないな」

「……えっ」


 シダースさんににべもなく返されて、ビッチちゃんがぽかんとする。

 ……いや、この人に媚び売っても無駄だからね? それ以前に、髪の毛逆立てた姿でそうされても、普通の人でも引くだけだから。


「被害者どころか、加害者がなにを言っている。周囲を虐げ、嘘偽りを申した罪を受け入れるがいい」


 シダースさんの冷酷なまでの宣言に、大審議の会場中がしんと静まりかえる。

 けれど、諦めの悪いビッチちゃんはしぶとく食い下がった。


「そんなっ、わたしが加害者なんて誤解です! そうだ! きっと性悪のマグノリアか、ディアナがわたしに罪をなすりつけたんだわ!」


 えっ、なんでそこで、わたしとディアナが出てくるの? ビッチちゃん、性格悪すぎでしょ。

 ディアナを窺うと、彼女もあきれたような顔をしてビッチちゃんを見ていた。……そして、隣のお兄様の周りの空気がビキビキと凍りだしている。お兄様、最終的な判決が出るまでっちゃ駄目だからね!?


「見苦しいぞ、ビッチ・スタイン。被害者である二人を悪役に仕立て上げようとするとは、どこまで性根が腐っているのか」

「なんでそんなひどいこと言うんですか!? 性根が腐っているのはその二人です!!」


 そして、まだまだ言い募りそうなビッチちゃんに、シダースさんが冷ややかに言った。


「……いくら否定したところでむだだ。精霊のわたしには、それが嘘か誠か見抜く力がある」

「えっ、精霊!? そんな設定知らないわよ! 見抜く力ってなによそれ!?」


 ここがなんらかの世界だと思い込んでいるらしいビッチちゃんが、場違いな言葉を吐いた。

 あー……これ、周りにはもう頭のかわいそうな子だと思われているな。いや、前からかな?

 わたしがそんなことを考えながら二人を注視していると、シダースさんがその美しい形の唇を再び開いた。


「──そして、わたしはこの国を守護する者。光の精霊の王である」


 しんと静まりかえったその場で、シダースさんはおごそかにそう言った。

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