12.受難は続く!

「──ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!」


 父親であるスタイン男爵から謹慎を命じられて、ビッチははらわたが煮えそうなくらい怒っていた。

 ビッチに与えられている部屋は、彼女が暴れたためにクッションや小物類が散乱し、見るも無残な状態になっている。

 学園から停学処分を受けたのだから、男爵の対応は一般的に見ても当然のことであるのだが、傍若無人なビッチにはそんな常識は通じなかった。


「ちょっと! 部屋が汚れてるわよ! ここの侍女は掃除もまともにできないの!?」


 苛立ちを紛らわすために、ビッチは侍女に当たり散らす。……いや、以前から使用人たちをいびり倒してきたので、通常運転というところか。


「お嬢様、何度も申し上げますが、ものに当たるのはおやめください。品位を下げてしまいます」


 見かねた執事が注意すると、ビッチはさらに激昂した。


「なによ、雇われている分際でわたしに逆らう気!? なんなら、辞めさせてもいいのよ!」

「わたしを雇用しているのは旦那様ですので、お嬢様にはわたしを辞めさせる権限はございません」

「なによそれ! わたしは未来の侯爵夫人よ! わたしにそんな口をきいていいと思ってんの!? サバス様に言って、あんたを辞めさせてやるわ!」


 嫁に行ったら、この屋敷の人事に口出す権利はほとんどなくなるというのに、ビッチはそのことにも思い至らないらしい。そして、他家のサバスが口を出す権利もない。

 第一、大審議が終わったらその後は関わらないと男爵から言われているのに、なぜ辞めさせるなどと脅せるのか、執事にも疑問である。

 この騒ぎを聞きつけた男爵が、ノックもそこそこにビッチの部屋へ入ってきた。


「ちょっと、人の部屋に勝手に入ってこないでよ! 出てけよ!」

「……ビッチ、いい加減にしないか。このように騒ぎ立ててみっともないと思わないのか」

「あんたが家から出るなとか言うからでしょ! こんなの虐待よ! サバス様に言いつけてやる!!」


 黙り込んだ男爵に、さすがにサバスの名前は抜群に効いたかと、ビッチは勝ち誇った顔になる。しかし、その考えは大きく裏切られた。


「そうか、好きにすればいい」

「な……っ、サバス様にチクるって言ってんのよ? 馬鹿なの!?」


 男爵が慌てて謝罪してくるかと思っていたビッチは、父親の予想外の反応にうろたえる。


「告げ口されても困るようなことはしていないからな。停学処分を受けたのに、外出してうろうろするのもおかしな話だろう。なんの反省もしていないと言っているのも同然だからな」

「なんで、わたしが反省なんかしなくちゃなんないのよ! あれは不当な処分よ!」


 ビッチがそう主張すると、男爵は軽蔑をあらわにした視線を投げかける。


「王家を侮辱しておいて、停学が不当な処分だと? 学園に問い合わせたら、想像以上におまえの所業がひどくて眩暈めまいがした」

「なんでよ! わたしは別に……!」

「なんでだと? パーカー侯爵家の子息が王妃様を侮辱した時に、おまえはなんと言ったのか覚えていないのか?」

「サバス様は王妃様を侮辱なんてしてないわよ! 言いがかりもはなはだしいわ!!」

「……ほう」


 男爵がすっと目を細めると、冷ややかにビッチを見つめる。怒りを内包したその瞳の前に、ビッチは一瞬たじろいだ。


「言いがかりか。ハウアー家のご令嬢の虐めとやらで、王妃様が責任を取ってその座を追われるというのが、王家への侮辱でなくてなんなのだ?」

「ディアナの家出身の王妃様がどうなったって別にいいじゃない! なんでそれが王家への侮辱になるのよ!」

「……おまえは馬鹿か?」


 静かではあるが、怒りとあきれを含んだ男爵の口調にビッチはひるんだ。


「な……」

「王妃様は王太子殿下の母君であり、紛れもない王家の一員であらせられるのに、なぜ王家への侮辱でないと言えるのだ。おまけに侯爵家の子息によるその侮辱のあとに、おまえはなんて素敵と歓声を上げたそうだな。おまえが王妃様を侮辱したと判断されるのは当然だ」

「で、でも、学生の言うことじゃない! ちょっとばかりの失敗は見逃すのが当然よ!!」

「王立の学園に通っていて、なんの世迷いごとを言っているんだ? それにおまえ達が起こした例の騒ぎで、王宮の調査官が学園に入っているというのに、王妃様を侮辱するなど愚かとしか言いようがない。学園側が速やかに停学処分にしてくれたから、おまえは牢につながれずに済んだのに、その温情を不当とは笑わせるわ」

「なっ、なんで、わたしが牢につながれなくちゃなんないのよ!?」


 驚愕をあらわにしているビッチに対して、男爵はさげすみを通り越して哀れみをたたえた視線を送った。


「公然と王家を侮辱したのだから当然だろう。上位貴族であるパーカー侯爵令息ですら立場が怪しくなる所業であるのに、男爵家の娘であるおまえがそうされないとなぜ思う」

「わたしがそんなことされるわけないでしょ!? そんなことより、馬鹿な令嬢が送ってきた抗議書を持ってきてよ! あれは大事な証拠品なんだから!」


 ここまで言っても、いまだに己の立場を理解しないビッチに男爵は眉を上げた。その近くで見守っている執事はあきれたようにビッチを見つめている。


「抗議書なら、パーティでの騒ぎの後、王宮の調査官が持って行ったぞ。おまえの言うとおり、あれは大事な証拠品だからな」

「なんで勝手に渡しちゃうのよ! それじゃ、相手の名前がわからなくなっちゃうじゃない!」


 父親の皮肉にも気づかないビッチは、既に誰をいじめたかも覚えていなかった。


「それはこちらで控えてあるから大丈夫だ。おまえがしたことで、謝罪に行かなければならなかったからな」

「なんだ、それならいいのよ! 後でそのリストを持ってきてよ!」


 いじめた令嬢の家に男爵が謝りに行ったと言っても、ビッチは気にする様子もなく、顔を輝かせた。


「……そうか。それでは後で持ってこさせよう」


 処置なしとばかりにため息をついた男爵が、執事とともに部屋を出た。

 今回の騒ぎで、男爵夫人は体調を崩し寝込んでいる。それにもかかわらず、ビッチは母親の様子を見にいく気配もない。──年の離れた弟へのいじめは激しくなっているようだが。


「悪いが、もう少し効き目のいい胃薬を探してくれ」


 最近、前以上にひどくなった胃痛を抱えて、男爵は執事に申しつけた。

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