11.絶対押すなよ!

「父上! 聞いてください、父上!」


 学園から強制送還されたサバスは、惰眠をむさぼっていたパーカー侯爵の私室まで押しかけた。その勢いにのまれ、だらだらしていた侯爵も飛び起きた。


「な、なんだ、サバス。学園に行っていたんじゃなかったのか」

「行きましたが、忌々しいことに送り返されたのです。まさか、学園長までハウアー侯爵家やホルスト伯爵家の手先だったとは! 実に嘆かわしいことです!」


 ……サバスが帰されたのと、あの両家の手先が学園長というのになんの関係が?

 要領を得ない息子の言葉に、侯爵はぽかんとする。


「……はあ? どういうことだ、サバス。いまいち話が分からんのだが、学園長に送り返されたのか?」

「はい。忌々しいマグノリアとディアナのことでビッチと話をしていたのですが、それがどう伝わったのか、なぜか学園長から難癖を付けられまして。特定の家をえこひいきするなど、学園長は教育者として失格なのではと僕は思うのですが、父上はどう思われますか!? あ、これは学園長から預かった手紙です。このようなもの、本当は破り捨ててしまいたかったのですが」


 思い出したように、サバスは制服の胸ポケットから学園の名の入った封筒を差し出した。

 侯爵が慌ててそれを受け取ると、中の書面にはこう記してあった。


『往来での王家への侮辱により、暫定的に停学を申し渡す。停学の期間は本日より三日間とする』


「往来での王家への侮辱……?」

「ああ、学園の門をくぐったところでビッチと会ったので、確かに周りに人は多かったですね。ちょうど通学時間でしたし」

「そっ、それでは、目撃者が大勢いるということだな!? まずいではないか! いったいなにを話していて、王家への侮辱と受け取られるのだ!?」


 サバスの話しぶりから、学園長の独断で帰されたのかと思ったら、まさかの王家への侮辱という事態。王家主催のパーティでやらかしたばかりの息子が再び同じことをしでかしたとなれば、さすがに楽観的な侯爵ですら青くなるしかない。サバスの停学は、この際どうでもよかった。

 しかし、そんなパーカー侯爵の様子を当のサバスは不思議そうに見つめ返してくるだけだ。


「父上、なにがまずいと言うのです? ディアナ・ハウアーの恥知らずな行いのせいで、王妃がその座を追われるかもしれないということは話しましたが」

「そ、それだ! それが不敬と取られたのだ!」


 サバスの不敬はそれだけではないが、国王の忠臣と己のことを思いこんでいるサバスは、そのことにまったく気が付かない。


「しかし、僕は事実を述べただけですよ? それがどうして王家への侮辱となるのです? 無礼なハウアー家など、いっそ王妃ごといなくなった方が世のためです!」

「ば、馬鹿なことを申すな! ハウアー家はともかく、王族である王妃様を悪く言うのは心証が悪すぎる!」

「いや、しかしですね。虐めを助長する極悪なハウアー家出身の王妃など、害悪でしかないと僕は思うのですが。この際、王妃ごと排除してしまうべきかと! 父上も陛下にそう進言されてください!」


 ──もしかしたら、息子はありえないほどの大馬鹿者なのかもしれない。

 侯爵の心にそんな疑念が湧いてきたが、他の人間が彼の心の中を窺うことができたならば、おまえもたいして変わらないと伝えただろう。

 だが、さすがに自殺行為にも等しいサバスの主張に同意する気になれない侯爵は、脂汗をだらだら流しながらも息子を説得することにした。


「そ、それはまずい! 王妃様は王太子様の母なのだぞ! 次代の国王を敵に回してもいいのか!」

「……ああ、それは確かにまずいですね」


 そこでようやく王太子のことに気がついたらしいサバスが、舌打ちをせんばかりに顔をしかめる。それで、ようやく分かってくれたかと侯爵が顔をほころばせた。


「しかたありません。それでは、ディアナ・ハウアーの罪が大審議で確定したのちに、ハウアー家と王妃を弾劾することにしましょう!」


 ──いや全然分かってない!


「いっ、いや、だから王妃様を弾劾するのはやめろ! これは命令だ!」

「しかし、上に立つ王族がそれでは、道理にかないません! つらいですが、ここは僕が悪役になって、王太子様に諫言する必要があるかと思います!」

「だからするなと言っているだろうが! 大審議の際には、王妃様のことを絶対に口にするな!」

「ええ……? ですが……」


 まだごねるサバスに、侯爵は重ねて言った。


「王妃様を弾劾などするな! いいか、絶対に王妃様を弾劾するなよ!!」

「……分かりました」


 不承不承ながらもサバスがうなずいたことで、ようやく理解してくれたかと侯爵はほっと息をつく。

 ──しかし、侯爵は分かっていなかった。

 絶対押すなと言われていても、地雷のスイッチを「押してOKなんだな!」と押してしまう人間がいることを。

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