第48話 派閥
「{先客がいるかと思えば、副団長殿ではありませんか}」
不意に声が聞こえて身体を硬直させる。しかも聞いたことのある言語。私はこっそりとヒジャブの陰から覗き込むと、そこには帝国兵が何人もいた。
(ここは帝国兵の御用達の店なのか。てか、この人って副団長って呼ばれてたけど、まさか……)
「{今デート中なのでお静かにしてもらえますか?}」
「{それは失礼を。手癖が悪い副団長殿はまた新しい女性をお手つきに?その手腕、オレにも手解きしてもらいたいですねぇ}」
ガハハハ、と下品に笑う帝国兵。状況的にギルデルがあまりこの人達から快く思われていないことはわかった。
「{お話は以上で?でしたら早々に立ち去っていただけるとありがたいのですが}」
「{おぉ、恐い恐い。さすがは皇帝直属の部隊から出向されてきただけはある。ま、戻れる見込みはなさそうですがね}」
ガッハッハッハと再び下卑た笑い声を上げながら、帝国兵達は別の部屋へと行ってしまった。
(皇帝直属から出向……。それにこの手の綺麗さからして執政官だったのか)
アーシャから帝国軍派と執政官派の派閥争いがあると聞いていたが、こういうことかと理解した。
最近帝国軍派の力が強くなっているということから、元々執政官だったギルデルはこうして僻地へと追いやられたと言ったところだろうか。
「〈その様子だと、会話は聞き取れたようですね〉」
私が思案してたのを察したのか、こちらの様子をジッと見てくるギルデル。こういう洞察力のある部分からも、この人は元執政官だということの裏づけができるだろう。
「〈さぁ?どうでしょうか〉」
あえて肯定も否定もせずにはぐらかす。
下手な行動をするとこういう人間には舐められると、経験上理解していた。
「〈素直じゃありませんね。まぁいいでしょう。ボクとしてはだから脳筋なのだとあの連中には言いたいですがね〉」
顔にはおくびにも出さないが、苛立ちがあるようで「はぁ」と大きく溜め息をつくギルデル。
それもそうだ、彼らは私が帝国の言葉がわからないと思っているからペラペラ喋っていたのだから。きっとギルデルからしたら不用意で知られたくなかった情報に違いない。
実際、執政官だったということは言われなかったら気づかなかったし、これはこれでチャンスでもあると思った。
(つけ込むなら執政官派。だが、どうやってこの派閥を取り込むか)
きっと他の執政官達もギルデルと同じようにある程度は解体されてばらけさせられて、慣れない職務の就いているのだろう。
であれば、1人1人に接触するのは難しく、そう考えるとギルデルを帝国攻略への足掛かりにアプローチをかけるのもアリかもしれない。
ただ、ギルデル自身は何を考えているか不明なところが恐い。下手に取り込むのは危険だとも思う。果たしてどうしたものか。
「〈なんだか興が醒めてしまいましたね。申し訳ない。しょうもない話を聞かせたお詫びに貴女にとっていい話をお教えしましょう〉」
「〈はい?いい話って……〉」
急に殊勝なことを言い出したギルデルに怪訝そうな顔をすれば、ギルデルは肩を竦ませる。そして、こっそりと話すように耳元にグッと顔を寄せられた。
「〈ボクは皇帝とは敵対してる、ということですよ。そして、こうして僻地へと飛ばされたというのはそれなりにリーシェさんにとって有益な情報を持っているということです〉」
「〈それを私に言ってどうするつもりです?〉」
ギルデルの身体を手で押しつつ離しながらそう答えると、彼は「〈聡明な貴女ならもうおわかりでしょう?〉」と微笑まれた。
「〈貴女は切り札だ。皇帝は貴女を御所望している。ということは、計略によっていくらでも使いようはあるということですよ〉」
「〈私を道具みたいに言わないで〉」
「〈それは失礼?でもボクならリーシェさんを傷つけずに利用することが可能ですよ?そして、帝国を掌握することも。どうです?悪い話ではないと思いますが〉」
「〈私は別に帝国を掌握したいわけではありません〉」
「〈おや、復讐して帝国を潰す気では?〉」
「〈違います〉」
「〈ふぅん、そうでしたか〉」
ギルデルは私の言葉に思案気な表情をすると、「〈少々ボクの見当違いな部分もありましたか〉」と呟きながら何かを熟考しているようだった。
「〈まぁ、いいでしょう。やはりリーシェさんは面白いお方だ。ますます好きになりました〉」
「〈はぁ?冗談でしょう?〉」
「〈いえ。本国でも貴女のような方は見たことありませんでしたが、なるほど。さすがあの皇帝から逃れただけはあるかと〉」
褒められているのか、はたまた貶されているのか。なんとも複雑な気持ちになりながら「〈どうも〉」と言うと、手を引かれて立たされる。
「〈ここはもう用済みです。お帰りまで案内しましょう〉」
「〈え、ちょっと……っ〉」
「〈ほら、ヒジャブをちゃんと被って。ボクにくっついてないと、ほら。顔が見られてしまいますよ?〉」
何がなんだかわからぬまま店を出ると、そのまま街中へとギルデルに腰を抱かれながら歩くのだった。
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