第47話 キス

「〈わかりました、キスします〉」

「〈おや、覚悟は決まりましたか?では……〉」


ギルデルはにっこり顔で顔を寄せてくるが、すかさず「〈ただし、指先に〉」と言うと、目を丸くしていた。そして、きちんと理解したのかしてないのか、ギルデルはなぜだか嬉しそうに笑った。


「〈おや、考えましたね。確かに場所の指定はしておりませんでした。……仕方ありません、では指先で我慢しましょう〉」


そう言うと、彼の指先がこちらにやってくる。綺麗な指だ。兵の割には硬くもなければ日焼けなどもしていない綺麗な手に違和感を覚えながらも、それに意を決して口づけると、ギルデルは満足そうに口元を歪めた。


「〈うん、いいですね。ちょっと新たな性癖に目覚めそうです〉」

「〈そういうのはいいから。で、さっきの。半分ハズレって何?〉」

「〈皇帝の指示でボク達はここに常駐しておりますが、本来の指示は貴女ではなくメインは別ってことです〉」

「〈じゃあ、そのメインとはどういうこと?〉」

「〈これ以上はお答えできません。まぁ、もう1度キスしていただけたら答えなくもないですが……〉」

「〈なんなのよ、もう……〉」


仕方なしに再び指先に口づけると、ふふふ、と笑みを溢される。そう笑われるとなんだかいけないことをしている気分になって、モヤモヤした。


「〈それで?〉」

「〈しょうがありませんね。本来の目的は隣国ですよ〉」

「〈隣国?ブライエ国のこと?〉」

「〈えぇ、まぁ。皇帝の目の上のたんこぶですから。早めに一掃したいと目をつけて、ここへ〉」

「〈なるほど、そういうことね〉」


シグバール国王は恐らく唯一皇帝に逆らえるほどの力を有した国王である。だからそこの攻略のため、このモットー国に目をつけたということか。


モットー国は元々ブライエ国と親交があり、そのため侵攻することはなかったが、現国王に代替わりをして、さらにお目付役であっただろう師匠亡き今、誰も国王を止める人物はいないはずだ。


国を豊かにしたい、という現国王の言葉は聞こえはいいが、ようは他国を侵略して国家を潤そうということである。


そういう部分は帝国と利害が一致しているとはいえ、しょせんモットー国は帝国に力で勝てるはずもない。恐らく今までの帝国の行っ

いから察するに、ブライエ国侵攻後は用済みとして侵略されてしまうのがオチである。


それがわからぬほど現国王は落ちぶれているのだろう。


(師匠さえいれば……)


「〈満足していただけましたか?〉」

「〈えぇ、まだ聞きたいことは色々あるけど。最も聞き出したいことは聞けたからもう結構よ〉」

「〈そうですか、それは残念〉」


不意に口元に手を這わされる。「〈ちょ、何をするの〉」と払い退けようとするも、思いのほか力が強くて払えなかった。


そして口にギルデルの指が押し込まれる。首を振って抗おうにも反対の手で固定されてしまう。


「ん、ふ……ぅ……うぅ……ふ」

「〈あぁ、なんていい声なんでしょう。そそりますね……。小さなお口で舌もこんなに小さい〉」

「ふ……ぅあ……ぇ……っえ……」


思いきり舌を掴まれ引っ張られる。今までそんなことされたことなんてあるわけがなく、恐怖で涙が滲んできた。


「〈おやおや、怖がらせてしまいました?それは失敬〉」


パッと手を離される。解放されたことはよかったが、まだビリビリと舌は痛むし、口内に無遠慮に指を入れられたことにまだ恐怖で身体が震えていた。


「……っ、……ふぅ……う……」

「〈舌大丈夫です?傷つけてはいないと思いますが〉」

「〈何でこんなことを……っ〉」

「〈ただの気まぐれですよ。ふふ、リーシェさんがあまりにも反抗的で可愛らしいと思いまして。ちょっと痛ぶってみたくなりまして〉」

「〈変態……っ!〉」

「〈それはそれは、褒め言葉をどうもありがとうございます〉」


私の言葉など全然気にしてないように、微笑むギルデル。そして、れろっと先程まで私の口に入れていた指を見せつけるように舐める仕草に、思わず背筋が凍った。


「〈関節キスって言うんです?こういうの〉」

「〈知らないわよ、そんなの〉」

「〈そうですか。まぁいいんですけど。さて、このあとどうしましょうか……〉」


一刻も早くこの人から逃れたい、とそう思ったときだった。

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