第45話 軽食屋

「〈あの、やっぱりお金……っ〉」

「〈ですからいいですって。貴女も案外しつこいですね。ボクがしたくてしていることですから、気になさらないでください〉」

「〈でも、そんなもらう義理が……!〉」

「〈ではボクからリーシェさんへのプレゼントです。これでもボク、結構高級取りというか、それなりの家を出ているのでお金には困っていないんです〉」


結局服はどういう風の吹き回しか最初こそカフタンのヒラヒラとした女性らしい服の中から選んでいたのに、動きやすいズボンのあるカフタンを選んでくれた。


「〈なぜこれを?〉」と尋ねると、「〈風が強いですし、もし動き回るならズボンのほうが女性はお腹も冷えないでしょうし。それともやはりスカートのほうがよかったです?〉」と言われて全力で首を振らせてもらった。


(一応気遣ってくれてる?でも何で?)


理由はわからないが、結局私の希望を通してくれたようで安堵しつつも着替え終えたあとそのまま店を出ようとするから「〈お代は!?〉」と聞けば既にギルデルが支払済だという。


何度お金を支払うから、と言ってもギルデルは首を縦には振ってくれない。下手に貸しを作りたくないのだが、わざとなのかなんなのか結局なんだかんだと理由をつけてはぐらかされてしまう。


「〈あぁ、そうだ。でしたらちょっと軽食に付き合っていただけませんか?〉」

「〈はい?〉」

「〈男性1人で食事というのも味気ないので。それでこの服の借りはチャラということで〉」


(なぜ一緒に食事をすると貸し借りがチャラになるのか……)


考えても本人に聞いても、きっと答えは出てこないだろう。しょうがないと、「〈では、それで〉」と手打ちにすれば、腰を抱かれてそのままどこかの店へ連れて行かれた。







「〈ここ、ボクのお気に入りなんです〉」

「〈はぁ……〉」


連れてこられたのはちょっと高そうな食事屋さんだった。……軽食ではなかったのだろうか。


中に入ると外の雰囲気とは一転して、少し薄暗くなんとも言えない雰囲気のお店にちょっと息が詰まった。


「〈奥の席、空いてますか?〉」

「〈あら、ドールさま。お久しぶりですね、最近いらしていただけないと女の子達が嘆いておりましたよ?〉」

「〈女将さん、彼女の前ですからそういうことは……〉」

「〈あら、それは失礼しました。ふふふ、ということは本命さん?あら可愛らしいこと〉」

「〈女将さん?〉」

「〈失礼失礼。ではご案内いたしますわ〉」


なんだかギルデルはニコニコとしているものの不穏な空気が漂う。


だが、そんな空気を読んでないのか気づいていないのか、女将さんと呼ばれた女性は奥の部屋へと案内すると「〈ごゆっくり〜〉」と明るい声でどこかへ行ってしまった。


「〈はぁ、全くお喋りの多い……〉」


ギルデルは今までのニコニコ顔から一転、うんざりするような表情のあとに自らの髪を掻き乱す。なんだかこの方が先程より人間っぽいな、と思いながらジッと彼を見つめる。


すると私の視線に気づいたらしいギルデルは、またニコっといつもの表情に戻ってしまった。


「〈そんなに見つめられると照れますね。ボクの顔に何かついてます?〉」

「〈あの。ここどう見ても軽食屋さんではない気がするんですけど〉」

「〈まぁ、そうですね。ちょっと、色々とリーシェさんとお話がしたくて〉」

「〈何か情報を聞き出したいのなら、あいにく喋るつもりは毛頭ありませんが〉」

「〈随分と気の強い方だ。さすが、皇帝と遣り合うだけはある〉」


今度はジッと逆に見つめ返される。ギルデルの茶色の瞳が私の心の奥を探るかのように強い力で見つめられ、思わず目が泳ぐ。


「〈別にやり合いたくてやり合ってるわけではないです。一方的にあちらが……〉」

「〈まぁ、そうでしょうね。あの方はそういうお方だ〉」

「〈だったら……っ!さっきから一体なんなんです?私をどうするつもりですか〉」


つい声を荒げると口を塞がれ、そしてシーッと唇を押さえられる。その仕草がなんだか煽情的で思わずカッと顔が熱くなった。


「〈そうですね。しいて言えば……リーシェさんに興味が。もしよければボクと結婚しませんか?〉」

「〈は……はぁ!??〉」


素っ頓狂な声が口から漏れる。だが、目の前の男はそのままニコニコと微笑むだけだった。

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