第44話 服選び

「〈よくお似合いですよ〉」

「〈それはどうも、ありがとうございます〉」

「〈ヒジャブがない姿もぜひ拝見したいものです〉」


まるでからかうような言葉にムッとしていると、何がそんなに楽しいのかギルデルはニコニコしていた。


(一体この人、何を考えているのかしら……)


やたらとニコニコと人当たりのよい笑みを浮かべているが、逆に胡散臭い。私が態度を変えたことに対しても特に気にしている素振りもないし、どちらかというと楽しんでいるようにも見える。


先程から服だって着せ替え人形のように色々と着せられているし、私が動きやすい服で、と言っても「〈ですが、こちらの形もお似合いですよ?〉」と牽制される。


さすがにもう勘弁してくれとばかりに適当な服でいいと言えば、「〈こちらとしては別に今すぐ捕縛してもいいんですよ?〉」と脅迫してくるから下手に逆らえない。


「〈色味は何色が好みです?〉」

「〈別に何色でも〉」

「〈つれない方ですね。まぁいいでしょう、でしたらこちらは?〉」


そうして出されたのは、自分の瞳と同じ翡翠色の服だった。素材もよく、色鮮やかで美しいが、確実に悪目立ちするものだろう。


ギルデルが公表しなかったとしても、一般の女がこんな上質な服を着て1人でいたら帝国兵にバレるのも時間の問題だ。


「〈嫌がらせですか?〉」

「〈いえ、そんなつもりでは。貴女によくお似合いだと思いまして。そういえば、お名前は何とおっしゃるんです?〉」

「〈話す義理がありません〉」

「〈頑なですね。まぁ、それでもいいですけど。……であれば、ステラ姫と呼ばせていただくのもやぶさかではありませんが〉」


後半、わざと私の耳元で囁くギルデル。ぞわっと不快感を抱くと共に、あまりに酷い脅しに私はギルデルをキッと睨みつけた。


「〈本当、性格悪いですね〉」

「〈おやおや、何のことだか?それで、現在のお名前は?〉」


直球に嫌味を言っても受け流される。追及するように再度尋ねられて、答えに詰まった。


(適当なことを言っても本当のことを言うまで追及されそう。てか、この人一体私のことどこまで知っているのかしら)


正直、情報がどこまで漏れているのかは不明だ。私の今の名前であるリーシェも、既に知っているかもしれない。


下手にまた別の偽名を使ったところで、もし既にリーシェの名を知っていればさらに言及されてしまうだろうし、それはそれで面倒だ。


「〈リーシェです〉」

「〈リーシェさんですか、よいお名前ですね〉」

「〈それはどうも〉」


大人しく勘弁してリーシェだと名乗ると、満足そうにニコニコする。わざわざ名前なんて聞いてどうするのか、と思うが、彼には何かしらの考えがあるのだろうとそれ以上考えることを放棄した。


それにしてもギルデルは一体私をどうする気なのだろうか。


はじめこそなんだかんだ理由をつけて帝国兵の駐在地にでも連れて行かれるかと思いきや、本当に服屋さんに連れて行かれて何度も何度も着せ替えられる。


何を考えているのか、今後どうするつもりなのかと聞いても「〈まぁまぁ〉」とはぐらかされてしまう。


(一種の道楽のつもりなのかしら……)


ただ連れて行くだけでは味気ないとでも思ったのだろうか。それとも何か別の意図があるのか。


とにかく、服にしても突拍子のない服を選んで辱めを受けるわけでもなく、これの方があれの方がとそれなりに体裁の整った服を選んでいる。だからこそ、彼の考えていることがよくわからない。


(帝国に引き渡すならそれなりの見目にした方がいいと思っての行動かしら?)


考えても考えても答えが出ない。こういう理解できない相手は苦手だ。


「〈んー、どうしましょうか……〉」

「〈いい加減、そろそろ決めていただけるとありがたいのですが〉」

「〈それもそうですね〉」


チラッと私を見たあと、またニッコリと綺麗な笑みを浮かべるギルデル。やけに顔が整っているから、その笑顔が余計に怖かった。

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