第4話 煽る姫

「お疲れ様でした」

「あぁ、お疲れ」

「お背中押しましょうか?」

「……結構、と言いたいところだがお願いしよう。さすがに慣れぬ作業で変な格好をしていたせいかやけに肩が凝ってしまった」


できた鉤縄は全部で10個。まぁ、これだけあればどうにかなるだろう。途中から、槍先を外すのは危ないとクエリーシェルから言われたため、私は専ら縄作りのほうに専念していたのだが。


そもそもよくこんな鉤針のような形の槍がこれだけあったなぁ、とある意味感心しつつ、もうこれもはや槍というより土を耕すくわとしても利用できるのではないかともぼんやりと考える。


実際農民が鍬を武器に使っているというのも聞いたことがあるし、いざ無防備な状態でも身近にあるもので攻撃能力さえあれば何にでも活用できるということだろう。


そういうピンチなことに陥ることは滅多にないが、そういう何かを活用するということについては頭の片隅にでも置いておいていいかもしれない。


「随分と凝ってますね」


背を上に寝転がってもらい、グッグッと力強く背中を押していく。以前に比べて筋肉が強張っているのか、どうにも硬いような気がする。


というか、こうして触ったのもいつぶりだったか、と思い返してもだいぶ前すぎて定かではない。思い返してみると、なんだかメイド業からだいぶかけ離れた生活が定着してきたな、と実感した。


「あぁ、ここのところ落ち着かなかったしな」

「それは、本当に申し訳ありません」

「いや、別に責めているわけでは……」


サハリ国でのことはどう考えても自分の責任である。捕縛されたあとも私だけはほぼ隔離状態だったし。それは、前国王夫妻並びに帝国のせいではあったのだが。


「ブランシェ国王とは、その……何もなかったのか?」

「何か、って言いますと?」

「いや、その、ずっとアプローチしていただろう?あの夜も多少牽制されていたしな」

「あの夜?牽制?どういうことです?」


言われたことに身に覚えがなくて、追及する。身体を彼の背の上に乗せ、耳元で「詳しくお聞かせください」と尋ねれば、勢いよく耳元を塞がれた。


「ち、近い……っ!」

「ケリー様って自分が攻めるときは強気なのに、迫られると弱いですよね」

「どういう意味だ」

「いえ、他意はないです」


言いつつも、抱きつくように彼に擦り寄れば顔を真っ赤にされる。やはり私から仕掛けられるのは、どうにも弱いようだった。


反応が面白いというか可愛いというか、ついからかいたくなってしまって、耳元を押さえている手に口づければ、突然ぐるんと視界がひっくり返る。


「やりすぎだ」

「すみません、調子に乗りました」


跨がられて、形勢逆転でお手上げすれば「ふぅ」と溜め息をつかれる。


そして、「あんまり調子に乗っていると、どうなっても知らないからな」と黒い笑みを浮かべられて、普段とは違った表情に思わずときめく自分がいた。


「ケリー様ってカッコいいですね」

「な、なんだ、急に」


思った反応と違ったからか、途端に狼狽し始めるクエリーシェル。こういうところが可愛いし、愛しいと思ってしまう。


「いや、そう思ったので。言ってみたくなりました」

「リーシェといると調子が狂うな」

「それは失礼ながら、いつもでは?」

「そんなことはないぞ。普段はもっと……ちゃんとしてる」


ちゃんとの基準はわからないが、とりあえずそういうことにしておこう、と彼の首に腕を引っ掛けて抱きつき、自重で彼を引っ張る。そして、耳元で「ブランシェとは何もありませんでしたよ」と囁いた。


「なっ、からかったのか?」

「そういうわけではないんですけどね。牽制云々のことは知らなかったので。そもそも必要以上に近づきませんでしたし」

「そうなのか、私は国王にもからかわれていたということか」


クエリーシェルの話ぶりを鑑みるに、きっとブランシェが彼にないことないこと吹き込んだのだろう。嫌がらせか、ただ単にからかったのかは不明だが。


「なので、こういうことをするのはケリー様だけですよ?」

「それならいいんだが……」

「ケリー様こそ、マーラ様となんか怪しいことになってたりは……?」

「し、してないしてない!断じてしてないぞ!!」

「なら、いいですけど」


あまりの慌てぶりからして、きっと白なのだろう。それはそれでいいことなんだが、結局我々はただマーラに振り回されていたんだなぁ、としみじみと思った。


「ケリー様……」


程々に距離感が近いし久々だから、と目を瞑って待つ。吐息が顔にかかり、そろそろ唇が触れ合いそうな瞬間のときだった。


「クエリーシェル様!!クエリーシェル様!!!」


突然、大声と共にドアをガンガンと叩かれる。慌てて飛び起きて、クエリーシェルが服装の乱れを直しながらドアを開ければ、そこにはヒューベルトがいた。


「どうしたんだ、そんなに慌てて」

「あぁ、リーシェさんもそちらにいらっしゃったんですね!……大変です!海賊が出ました!!」


クエリーシェルと顔を見合わせる。そして、私達はすぐさま甲板へと向かった。

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