第79話 消えたマーラ

「【わぁ、なんてお綺麗なんでしょう……】」

「【ブランシェ国王とお似合いですわ】」

「【これで我が国サハリも安泰ね……】」


周りから口々に賛辞を贈られる。うっとりとした表情を向けられて、居た堪れなくなりながらもブランシェと共に足を進め、会場へと入っていく。


パッと見た感じだと、会場のホールに貴族などの来賓関係、ホール外に国民達がいるような状態らしい。


人が多いためか、そもそもそういう様式なのかは不明だが、特に席は設けられておらず、社交界を彷彿ほうふつさせるような、どちらかというと自由形式の結婚式の様式のようだった。


入場するやいなや、明るい曲が奏でられる。コルジールの領民の結婚式はどちらかというと荘厳な曲が流れていたイメージだが、こちらはポップで自然と踊り出したくなるような気分が上がる曲調である。


「緊張してるか?」

「そりゃ、するでしょう。結婚式の主役なんて初めてだもの」

「そりゃそうだな。何せ、僕も初めてだ」


お互いに、初めての体験をこのような理由で失うのはどうなのか、とも思うが、仕方ないことだと諦める。途中で頭1つ分抜きん出たクエリーシェルが見えて、勝手に胸が苦しくなる。


(今更だけど、初めての結婚式は彼としたかった)


お互いに擬似とはわかっているとはいえ、クエリーシェルの顔を見れずに、周りの人々の様子を見ながらゆっくりとメインテーブルに向かって歩こうとしたときだった。


(あれ、マーラ様がいない……?)


クエリーシェルのいる場所の近くや、その周りを見回してもマーラの姿が見えなかった。不躾だとはわかっているが、今度は首をぐるりと回して様々な場所を見渡すが、どこにも彼女の姿が見えなかった。


「ブランシェ、マーラ様はどちらに誘導を?」

「マーラ……?彼女がどうかしたのかい?」

「いないのよ。ここに」

「バカな、そんなはずは……。コルジールの方々と同じ場所に案内したはずだが……」


コソコソと話しかけると、訝しげな表情をするブランシェ。彼もまさか、彼女がここにいないとは思ってもみなかった様子だ。


「私のヘナタトゥーをしてくれたあと会場に向かったはずだけど……」

「それなら、既に会場に到着してもおかしくないはずだが……具合でも悪いのだろうか……」


入場のときとは打って変わって、ゆっくりとした足取りでコソコソと2人でマーラについて話し合っていたとき、何か強い視線を感じる。


あまりに殺気がかった視線に、すぐさまそちらを見ると、私を指差しながら何かに対して喚いている前国王夫妻が見えた。


「ブランシェ」

「ん?……珍しいな。随分と声を荒げているようだが……」


ブランシェの裾を引っ張り、彼に前国王夫妻の様子をそっと知らせると一気に眉間に皺を寄せる。


この晴れの舞台に似つかわしくない様子の前国王夫妻ははたから見ても異様だった。


周りの声と音楽でよく聞こえないものの、私に関して何かを言っていることだけはわかる。そして、どう考えてもあの様子的に、あまり褒められたことを言ってはなさそうだった。


これはもしや何かあるかも、とブランシェを引っ張って人垣をわけつつ、彼らのもとへと足早に向かっていくのだった。

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