第76話 損な役回り

「すぐに調子に乗らないでちょうだい」

「すまない。いや、キミの晴れ姿に舞い上がってしまってね」


昨日の弱気が嘘のように本調子で安心する反面、やっぱり面倒だと思ってしまう。根本的に、こういった恋愛面での私とブランシェの相性はすこぶる悪いようだ。


……友人として、一定の距離感があるのは平気なのだが。


「……で?相手から何か動きは?」

「いや、何も。こちらも拍子抜けといったところだ。我が親ながら、一体何を考えているのだか……」


その表情はどこか物憂げで、一応本人としては区切りがついているのだろうが、それでも彼を苛んでいるのは確かなようだった。


「そう。てか、もしこのまま何もして来なかったらどうする気?」

「そうだな……。本当にしようか?結婚式」

「冗談でしょ」

「冗談に見えるか?」


上から覆い被されるように椅子に両手をつき、私を見下ろしてくるブランシェ。その瞳をジッと見つめ返す。


「えぇ。だって本気だったら、貴方のことだもの、もうちょっと積極的に頭を使うでしょう?それであの手この手を使って猛攻をかけてくるはず。そういうのがないということは本気じゃないって証拠」


沈黙が流れる。


図星だったからか、はたまた何か思うところがあったのか、思案気な表情をして固まるブランシェ。


「……そうか。やはりステラは手厳しいな。確かに、……一理ある」

「結構、人間観察は得意な方なのよ」

「だろうね。キミは色々と洞察力が優れている。僕の手に負えないくらいにね」


ブランシェが苦笑しながら、離れる。我ながら随分とブランシェとの距離感、扱いに慣れたものだ。


「……で、先程の話に戻るが、多分何も起きないことはないと思うよ。あちらも切羽詰まっているからね。民意は皆こちらに向いてしまっているから求心力も乏しい。ある程度の資産を有してはいたが、生活の質を落とせなくてそれも湯水のように使ってしまって困窮していると聞いている。彼らにとって、今回のことは自身の状況打破には絶好の機会のはずだ」

「そう。……でも一体どう攻めてくるかしら」

「そうだね。正直、色々調べさせているのだが、なかなかどうにもよくわからないのだよ。計画は立てていることは確定してるが、そもそも使える手駒が薄いのと、実際にその手駒が使えるかどうかは別の話のようでね」

「あぁ、それについてはなんとなくわかるわ」


つい先日の襲撃を思い出す。


確かに、彼ら実行犯の質は低く、忠誠を誓って最後まで全うするという気概は見受けられなかった。


情報漏洩を避けるために自決する可能性も考えていたが、彼らは呆気なく捕らえられ、しかも大人しく拘置場にいると聞く。


情報も最初こそ黙秘していたものの、ある程度の優遇条件を提示したらホイホイと口を割ったらしい。……前国王夫妻から依頼された、と。


「正直、両親は致命的に物事を考えることに不得手なのだ。せめて謙虚さがあればこのようなことにもならなかったが、正直行き当たりばったりの施策ばかりとっている。自分達に有利になるように、短絡的な行動のみで、僕自身も理解に苦しむことがある」

「ブランシェ……」


身内だからこそのジレンマ。それは痛いほどよくわかる。自分の親が、姉が、もし誤った道に進んだとき、果たして私は止めることができるのだろうか。


(でも、気付いてしまったのなら、見て見ぬふりはできない)


只人であったなら、そっと知らないフリ、気づかないフリをして距離を置けばよいだろう。だが、我々は王族。国を統べて、導かねばならない者である。


だからこそ、そのような選択肢は存在しなかった。


「つくづく、損な役回りよね」

「ん?」

「いえ、こちらの話」


姉に言われた言葉を思い出す。


ーー安らかに死ぬために生きる。


姉が見た未来のように、幸せな暮らしを経たあとに死ぬ。そのために今は死ぬときではない。だから生きろ、と自らを鼓舞しつつも苛む魔法の言葉であり、呪いのような言葉。


今じゃない、今は死ねない。


そう思い続けながら、私は生き続けた。死にたくなることもあった。挫けて、自身の命を絶とうとしたことだってあった。


でも、姉の言葉があったから、私は死ねなかった。死ぬという選択肢を奪われてしまったのだ。


(おかげで、今があるのだけど)


この言葉のしがらみによって苦悩したことは多々ある。だが、実際にこの言葉によって支えられたのは事実である。


あのとき、命を投げ出していなかったから。


このとき、諦めなかったから。


ーー今の私がいる。


そして、例の一件でクエリーシェルにも出会え、アーシャにも再会し、友達もできて、こうして過去の馴染みある人々との交流ができたのだ。


(だから私は投げ出さない。きっとやり遂げて見せる)


姉が見た未来。今ではない、いつの日かの未来。


安らかに死ぬために、どんな困難でも立ち向かって見せようじゃないか。

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