第30話 胃痛

「見えてきましたよーーーー!」


頭上からパリスの声が降ってくる。遠方をよーく見ると、確かに薄っすらと陸地らしきものが見えてきた。


(いよいよ、サハリ国に到着か……)


長い船旅だったが、着くと思うとあっという間だった気がする。そして、近づくにつれてじわじわと痛み出す胃。思いのほかサハリ国に行くことがストレスになっているとは気づかなかったが、どうにも気持ちが落ち着かなかった。


「顔色が悪いが大丈夫か?」

「えぇ、……大丈夫です」


(事前にカジェ国の使者を送っていると言うし、恐らくきっと大丈夫だろう)


「ならいいが……。体調が優れないなら、到着次第呼びに行くから船室で休んでいたらどうだ?」

「そうですね。そうさせていただきます」


クエリーシェルの言葉に甘えて、船室に戻る。ついでに荷造りもしなければ、と持ち運ぶものと置いて置くものの選別をしておく。


「あら、何をなさっていらっしゃるの?」

「マーラ様。荷物の片付けですよ。サハリ国が見えて来たそうなので。多分甲板からも見えますから、マーラ様もご覧になっては?」

「まぁ、やっと到着ですの!早く歓迎されたいですわ!」


(歓迎されるといいけどな)


浮かれきったマーラによもや追い返される可能性があるなどとは言えず、とりあえず話題を変えるために別の話題を口にした。


「マーラ様はお加減いかがですか?」

「えぇ、まだ多少の出血はあるものの、体調悪くはありませんわ」

「それは良かったです。ですが、まだ体調崩しやすいでしょうから、無理はせずに身体は冷やさぬようにお気をつけください」

「もう、ばあやのようなこと言わないでくださいな」


(ば、ばあや……!)


自分がそんなに口煩いのかと、ちょっとショックを受ける。ペンテレアにいた時、口煩い乳母がいたのを思い出し、自分があのような小言ババアになってると思うとちょっと悲しくなった。


「とにかく、無理はなさらないでくださいね」

「わかってますわよ!」


そう言いながら、足早に部屋を出て行くマーラ。きっとクエリーシェルのところに行ってベタベタするのだろうが、もう今は気にしないことにして適当に荷造りしたあと布団に潜り込んだ。


(あとで正装に着替えて、あぁ、なんて挨拶したらよいだろうか……?)


軽い感じで「久しぶり!」なんて言って「誰?」ってなってしまっても困る。


ここはやはり、きちんと礼儀正しく「亡国ペンテレアの第2皇女、ステラ・ルーナ・ペンテレアと申します。現国王であらせられるブランシェ国王に謁見をお願い致します」とか言うのが無難だろうか。


うーんうーん、と脳内でいくつかの候補を出しては、ブランシェの反応を妄想して却下する。


(そもそも、もしかしたら私を覚えていない可能性はないだろうか)


人は案外、人の顔や名前を覚えていないものだ。会ったのだって、まだ私が10歳にも満たない頃だったはずだ。


(私は記憶力がいい方だと自負してるから、それで色々覚えているけど、みんながみんなそうではないものね……)


国王たるもの記憶力は必須で、大抵の国の王族や名だたる貴族の名や顔、その他の情報諸々記憶していなければならない、という前提はあえて無視して儚い希望を持つ。


(というか、そうあってくれー!!!)


希望というか、もはや願望である。今回の旅路はトラブル続きであることに懸念を抱きつつも、早めに支度をしようと正装に着替え、身形を整えるのだった。

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