第29話 女性の生き方
「ん」
「あら、起きられました?」
読みかけの書物から目を離してマーラを見れば、ぼんやりとした様子でこちらを見ていた。
「本当にまだいたのですのね……」
「私、嘘はつきませんよ?」
「いえ、そういう意味ではなくて……」
「?」
まだ寝ぼけているのだろうか、髪を少し乱しながら額を押さえている。顔色はだいぶ良くなっているように思うが、まだ本調子でないだろうから頭が回ってないのかもしれない。
「お母様、は……一緒にいてくれることが少なかったから……」
「そうなんですか?てっきり、マーラ様とはべったりなのかと」
「お母様は、お父様の寵愛を受けることにしか興味はありませんでしたから」
珍しく自分の話をするマーラ。その姿はどこか弱々しく感じた。
(夢見が悪かったのだろうか。それともただ寝ぼけているだけだろうか。こんなに私に自分語りするなんて)
それとも、何か思うところがあって、少しだけ私に歩み寄ろうとしているのだろうか。そんなことを考えながら、彼女の言葉に耳を傾ける。
「私が頑張れば頑張るだけ褒められましたけど……」
「けど?」
「お母様もお父様も女性に学問や知識は不要という考えがあったので、あまり勉学などのことは褒められませんでした」
「あぁ、なるほど」
女性にはよくある話である。下手に知恵や知識をつけられて主人よりも上手く立ち回ることよりも、ただ夫に付き従うために口答えなどせず、大人しく無知の方がいいというのはよく聞く話だ。
それは一概に、その方が御し易いし主人が上位に立てるからである。結婚を望まれる女性の条件は、一般的に「慎ましい」者。それは、夫に反抗せず、素直に言うことを聞き、可愛がられる存在になれということだ。
(私からしたらそんな価値観、反吐が出るけど)
確かに、その方が女性は幸せかもしれない。ただ日々の幸せを享受して生を全うするのも、悪いことではない。
だが、それは本当に幸せなのだろうか。
囚われた小鳥と変わらない、ただ飼われて愛玩されるだけの存在。そんなものに、私はなりたくなかった。
(そういえば、……私もそれを望まれてたっけ)
過去の婚約者の顔がちらつく。彼もまた、私に自分の理想像を充てがう人物だった。
大人しく、分別があり、優しく、清く、お淑やかであってほしいと願われたが、それは一体誰なのかと。少なくともそれは私ではない、と今なら言える。
(当時はただ、愛想笑いするしかできなかったけど)
女性であるがゆえに求められること。それが自分にはどうにも理解できなかった。だからこそ、私は自分のなりたい自分を模索していた。
自分らしさを求めて。
こうして考えてみると、私は一般的な女性という価値観ではなく、私ステラ・ルーナ・ペンテレアという人物を認めてくれる人を探してたのかもしれない。
(で、クエリーシェルに出会った)
こんな状況にならなければ出会わなかったわけだから喜んでいいのかよくわからないものの、彼との出会いは私にとっては大きなものだった。主従や性別など、固定された価値観を持たない男性など、初めてだったかもしれない。
(そう考えると、マーラも見る目はあるということね)
もちろん、彼女の恋路の応援はできないが、それでも彼女には幸せになってほしいとは思える。
「1度きりの人生なのですから、自分のやりたいようにやるのもいいと思いますけどね、私は」
「1度きり……」
ぽつり、と反芻した言葉が口から漏れる。マーラも何かしら思うところがあるのだろうか。
「えぇ。もちろん、行動には自ら責任を取らねばならないと思いますけど。でも、誰かのためだけに自分を偽る人生って生きてて楽しくないじゃないですか?」
「自分を、偽る……。ステラって本当に変わり者って言われません?」
「えぇ、しょっちゅう言われますよ」
自信たっぷりに言うと、くすくすと笑われる。
(あぁ、素直に笑うと可愛らしい)
普段とは違った年相応の様子。やはり普段背伸びをしているのだなぁ、と思いながら、彼女の髪や身形を整え、冷え切ってしまった懐炉を預かる。
その後お互い特に会話はなかったが、穏やかな時間を過ごすことができたのだった。
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