第57話 母の思い出

「(ステラ姫)」


食事を終え、王太后様から呼ばれるとクエリーシェルとヒューベルトを先に自室へと帰るように促す。その後王太后の元へ行けば、小さな小包を渡される。


「(これは?)」

「(いいから開けてみて)」


中を開けると、香油とポプリが入っていて、開けた途端にふわっと香ったその香りは、懐かしい母の香りだった。


「(これ……)」

「(貴女のお母様にいつも差し上げていた香りよ。特別な調合だったから一般に出回ってはいないのだけど。間に合って良かったわ)」

「(ありがとうございます……!!)」


思いがけない品に、ぐっと涙が込み上げてくる。あの日以来あまり思い出すことのなかった思い出。ロゼットから肖像画をもらって見て思うことはもちろんあったが、匂いはまた違った思い出を味わわせてくれた。


(抱き締められたときに香るこの匂いが好きだった)


いつも姉ばかりと不貞腐れていたものの、たまに私がやらかして怪我やら病気やらしていたときはいつも母様は寄り添ってくれていたことを思い出す。


(あぁ、今更思い出すだなんて)


ーーステラ。もう少し淑女としての嗜みもそうだけど、貴女の身体は1つしかないのだから。マーシャルのように慎ましくとは言わないから、無茶だけはしないでちょうだい。


ーー熱い?もう、だから身体を冷やしてはダメだとあれほど……。しょうがないわね、私がとっておきの熱冷ましを作って来てあげるわ!


(母様……)


そうだ、私は蔑ろにされていただなんてどの口が言えようか。私はちゃんと愛されていたじゃないか。すっかり忘れていた自分が恥ずかしい。


匂いだけで、母への想いが走馬灯のように蘇ってくる。誰かと喧嘩したとき、高熱を出して寝込んだとき、私が遭難して帰ってきたとき。


(そういえば、熱冷ましを作ってくれた時は、慣れないことをしたからって火傷をしたんだっけ)


メイドが周りであたふたする中、得意げに持ってきた母の手が包帯でぐるぐる巻きだったことを思い出す。


天然で根っからのお嬢様気質だった母だが、どこか無茶というか無謀にも色々と挑もうとするきらいがあり、恐らく私のこの性格は母譲りなのだろう。


そういえば、一緒になって料理の真似事をして父に怒られたこともあったことを思い出す。あの時は母と私一緒になって怒られて、でも母は怒られているのに楽しそうにしてて、そんな母に父は呆れてお互い笑い出して……。


(懐かしい)


いつからギクシャクするようになったのだろうか。勝手に苛立って、むしゃくしゃして、不公平だ、依怙贔屓だと憤って。無駄に沸き起こる感情。悪いとは思いつつも、納得できずに両親を振り回して、それでさらに関係を拗らせて。


(本当つくづく迷惑ばかりかけて、私って親不孝な娘ね)


ぼたぼたと涙が溢れる。堪えようにも堪え切れなくて、あまつさえ嗚咽まで出てくる始末だ。すると、王太后様が私をギュッと抱き締めてくれる。それは、なんだか母様に抱き締められているような温かみを感じた。


「(私達はいつでも貴女の味方だからね。アーシャもそうだけど、私達もそう。前回は強力できなかったぶん、私達も協力は惜しまないつもりよ)」

「(ありがとう、ございます……っ)」


今更過去には戻れないが、叶うことならばもう一度会って過去の行いの懺悔と私の成長を見てもらいたかった。そう思うと、どんどんと目頭が熱く滲んでくる。


「(もう、母様!!ステラは明朝出発なのだから、泣かさないでちょうだい?)」

「(ごめんなさい。そういうつもりではなかったのよ)」

「(いえ。私の方こそ、突然泣き出してすみませんでした)」


アーシャと王太后のやり取りが微笑ましいと思うと共に、母様も生きていたらあのような関係を築くことができたのかもしれないと悔しい気持ちにもなる。


(絶対にこの旅路を成功させなければ)


犬死なんかしたくない。死ぬなら、皇帝も道連れだ。


「(船旅は辛く険しいものだけど、辛くなったらみんながステラのことを味方であること、守るために尽力することを思い出して。次のサハラでも、貴女に太陽の神のお導きがありますように)」

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