第50話 御宅訪問

「ようこそ、お越しくださいました!リーシェ先生!」

「すみません、ご丁寧に。お邪魔させていただきます」


ここは、ジュークのご婚約者様の住まい。


今日はアーシャに物資の準備を頼んでいる間、なかなかできていなかった婚約された方々のお宅訪問をしていた。


各メンバーの婚約者との交流確認や言語の進捗状況の把握などをするためだが、案外皆上手くやっているようで、既に訪問したメンバー達は特に問題なく仲睦まじくやっていた。


ちなみにクエリーシェルには、前回の教訓を生かし、下手にマーラに遭遇しては困ると留守番兼ヒューベルトに今後の予定や剣術の指南などをお願いしている。


(さすが資産家のお宅は違うわね。いくら邸宅といえど別格だわ)


今回ジュークは2人の方とご婚約されたそうで、現在彼女達の家を行き来しているそうだ。


ゆくゆく成婚されたら、彼らには別途住まいがあてがわれるらしい。たまにコルジールに帰ることは許されるものの、ここでの生活を行うために国からの配慮だそうだ。


連れてきた手前、こういうことを思うのは勝手なのだろうが、故郷を離れるというのはなかなか決断するのは難しいだろうに、それを決断した彼は凄いと思う。


なかなか故郷では下の兄弟は割りを食うことが多いが、そういう冷遇などを受けていたからこそ、このような豪胆な決断ができたのだろうか。


そう思うと、ここへ連れてきたことは良かったのだろうか、実際に聞くことは叶わないので推察するに留めておく。


「(ジューク様より聞いております。お言葉のご指導をされた方だそうで)」

「(えぇ、ジューク様はとてもお勉強熱心な方でいらして。そのおかげで素敵なご伴侶様に恵まれてこちらも嬉しい限りです)」


ニコニコと笑ったジュークの婚約者は、どうぞどうぞと部屋へ案内してくれる。


「(あ、お気遣いなく。私は他の方々のところにも回らなければならなくて)」

「(あら、そうなんですの?それは残念ですわ)」


つぶらな黒い瞳がこちらを見ている。私よりも幾分か年上のようだが、仕草はとても少女のようで、同性の私から見ても可愛らしい。それを見つめるジュークの瞳は、慈愛に満ちていた。


「ジューク様は何かご不便なことは?」

「いえ、何も。言葉は引き続きメルセラに教えてもらってますので、問題はないです」

「そうですか、それは良かったです」


コルジール語で話をしていれば、ジュークの婚約者であるメルセラは少し不服そうな顔をしてこちらを見てくる。


自分のわからない言葉で話されているのが嫌なのだろう。しかも、愛しい婚約者と大して知らぬ若い女が談笑していれば、嫉妬しないはずがない。


「(申し訳ありません、メルセラ様。言葉の進捗について尋ねただけですので)」

「(いえ、私ったら。えぇ、言葉でしたら私がジューク様にしっかりとお教えしておりますわ)」

「(そのようで。とても安心致しました)」


その後他愛もない話をしたあと、見送られながら家を出る。


「よし、ここも問題なさそう、と」


ジュークの婚約者、メルセラはコルジールでいう伯爵家の1人娘で、資産も教養も問題ないだろう。もう1人の婚約者は今日は予定があるそうで会うことは叶わなかったが、メルセラとは性格がまるっきり違っていて、大人しいそうだ。


もう1人の婚約者とメルセラとは元々幼少期より仲が良かったそうで、今回は2人たっての希望でジュークとの婚約をしたそうだ。


(2人も妻がいると色々大変そうだけど、ジューク様、大丈夫かしら)


実際、2人を相手にするのは大変だろう。それぞれ平等に同じだけ愛情をかけるというのは、存外難しいものだ。


(まぁ、元々仲が良かったとのことだし大丈夫でしょう。多分)


でも、どっちが先に子ができたとかでも揉めるのだろうか。そもそも、そういう行為はどうするのだろうか。


(まさか同時に……?)


多少下世話なことを考えたあと、自分の思考が良からぬ方向に行きそうになるのを頭を振って食い止める。


(いけないいけない。すぐ思考が脱線する)


頬が火照ってきたのを、自ら顔を軽く叩いて気を引き締める。


「続いては、グラスコ様ね。まぁ、お優しいけど強面なのよね。……問題ないといいんだけど」


1人そうボソボソと呟きながら、次の目的地であるグラスコのいる邸宅へと向かった。

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