第51話 嗾ける

「どうだった?」

「どこも順風満帆で問題なしでした」

「それは良かった」


自室の方へ戻ってくると、クエリーシェルとヒューベルトは一時的な休憩だろうか、それぞれお茶を飲んでいた。


それなりにしごかれたのだろうか、ヒューベルトの顔は上気し、服は幾ばくか乱れて汗をかいているようだ。


クエリーシェルは特にそこまで乱れてはいないのは、さすがである。そりゃ、指揮する立場の人がバテバテになったら、それはそれで問題だ。


(でも、こんなにヒューベルトが疲弊してるということは結構ビシバシ鍛えたのかしら)


普段は服装も身形みなりもぴっちりきっちりとしているイメージのヒューベルトが、このように乱れているのは珍しい。これほどまでの乱れようは、あのアレルギー事件の時以来なので、なんだかちょっと新鮮である。


「ヒューベルトさんも大丈夫ですか?お疲れでしたらマッサージなど致しますよ?」

「と、とんでもない!私のような者にそのようなご配慮いただかなくても結構です!!」


なぜか、慌てて後ろにすっ飛ぶように後退りされる。ヒューベルトの急なよそよそしい態度に、ジッとクエリーシェルを見たら視線を逸らされる。


(この態度、……何か余計なことを言ったな)


別にアーシャとの会談にも参加させたし、私が元姫だということは隠し立てしてるわけではない。そもそも国がなくなってしまった今、ペンテレアの姫という肩書きはほぼ無意味だ。


場所が場所なら捕まって奴隷として売り飛ばされてもおかしくないような身の上である。だから、別にわざわざ大層な扱いをされるような身分ではないのだが。


(さしづめ、何か今後の旅路に際して私を大切に扱えとかなんとか言い含めたのだろうが、そういうの苦手なんだよねぇ……)


「姫なのだから、マーシャル様を見習ってお淑やかに」という言葉はもう耳にタコができるほど言われた。だからこそ、反発心でこのような粗雑な性格になってしまったのだが。


今は今で、このような主従生活に慣れているというか満喫している。相手がクエリーシェルだからというのもあるが、案外遣えるのも悪くないとも思っていた。


なので、できればそのようなを作りたくはないのだが。


「別にお気になさらないでください。私はあくまで、コルジールではただのリーシェですので」

「ですが、その御身に何かがあっては……!」

「大丈夫です、自分の身は自分でそれなりには守れますので。あ、なんだったら一戦いかがです?」

「は?」

「え?」

「先程、ケリー様に鍛えられたのでしょう?」


目を白黒させ、混乱し始めるヒューベルトに、私はなおも畳み掛ける。同じく動揺していたクエリーシェルが先に我に返って私を止めようとするが、そこは手で制す。


「今後の旅路で海賊や野盗などと戦うこともあるでしょう。そのときに足手まといになるのはお互い嫌でしょう?」

「で、ですが……!」

「言っておきますけど、私はそれなりに強いですよ?」

「こら、リーシェ、もうやめなさい」


クエリーシェルが割って入ってくるが、それを睨みつけるように真っ直ぐ見つめる。


「今後の旅路で必要なことですから。手加減は無用です。あぁ、もちろんこちらも容赦はしませんので悪しからず。では、ケリー様は審判でよろしくお願いします」

「本当、こういうところは頑固だな……」


ぼそりとこぼした言葉を聞かなかったことにして、近場にあった小刀を手に取る。そして鞘だけ取ると、鞘を手に馴染ませるように持つ。


「私は小刀代わりにこれを使います。ヒューベルトさんは何を使われますか?」

「……で、では、私はこちらを」


おずおずと掲げたのは模擬剣だ。当たればそれなりには痛かろう。


「ちょ、ヒューベルト、正気か?!」

「や、やはり、私も剣の鞘で……」

「いえ、模擬剣で結構です。実践に合わせた方が動きやすいと思いますので」

「だがリーシェ。さすがにいくら模擬剣とは言え、当たったらただでは済まないぞ?」

「実際の剣で斬られる可能性がある以上、それを想定しての戦いの演習は必要ですよ。ケリー様もその辺は弁えてください」


ぐぐぐ、とそれ以上言い返せなくてクエリーシェルは押し黙る。過保護なのは時として、意味をなさないどころか悪手になる。


「では、いきますよ……!」

「は、よろしくお願いします!」


お互いに向かい合うと、私は右手で鞘を握りしめて走り出した。

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