第32話 国交
「は?はぁーーーーーーーー?!!」
「煩いわね。もうちょっと驚くにしたって慎みなさいよ」
顔を顰めているアーシャ。だが、それどころではない私はアーシャに詰め寄る。
「ちょちょちょ……っ!何でそれを今言うの!」
「そういえば、言ってなかったなーって」
あまりに驚き、クエリーシェルの方を見れば、彼も絶句しているようだった。
「一応、彼らも大事な貿易相手なのよ」
「もっとそれ、早く言ってよ!!」
「言いそびれちゃったのよ。ごめんなさいね?」
全く悪びれた様子もないアーシャに、やっぱりこいつは意地が悪いと、先程までそれなりに良くなっていたはずの心象が地に落ちた。
(こういうとこ、本当タチが悪いのよね……!!)
「まぁ、いいじゃない?その分貴方達に与えられる情報も多くてよ?」
「そりゃ、そうだけど……!」
(そういう問題じゃないでしょ!)
道理で、目立たないようにプライベートビーチに案内されたり、あまり外に出歩くなと言われたりしたわけだと今更ながら思い出す。
(そりゃ、船員達も国内散策に行きたがらないわけだわ)
いらぬ火種を生みかねない。私が国内散策を薦めたのも、きっと不思議に思っていることだろう。船員達は航海に出ている分、国内にいる者よりもある程度の情勢は把握しているはずだ。
海は広いと言えど狭い。
敵対してる国と鉢合わせることなど少なくもないだろうし、山を隔てているとは言え隣国である。海で会うことなど、珍しいことではないのだろう。
(そういうこと、もっと詳しく情報収集しておくべきだった)
今更悔やんでも仕方ないが、この情報を得ていたら色々わかる部分が大いにあったのではないだろうか。出発の期間が短かったとは言え、体調を崩すこともあったし、準備不足だったことは明白で悔やまれる。
「一応マルダスもカジェ国内では、表向きには友好国ということなのよ」
「まぁ、他国の国交について、とやかくいう気はないけれど……」
「まさかマルダスは私とステラが腐れ縁で、こうしてコルジールの船がここに来るとは思ってないだろうけどね。念には念を、ということよ」
確かに、マルダスとしてはコルジールとカジェ国がこうして私とアーシャを通じて親交していることは把握できないだろう。
(元々多少の貿易をしてた間柄だ、仲が縮まったのも先日の来賓のときくらいだったし……)
そう思ったとき、ふと過去の出来事が脳裏をよぎる。
(もしかして、先日のコルジールでのニラ事件ってコルジールとカジェ国の仲違いが目的……?)
当時はカジェ国含めて危害を加えようとしたのかと思ったが、あれがゴードジューズの思惑でなくマルダスの思惑であったのなら、辻褄が合う。
(マルダスにとって、カジェ国の立ち位置は高い。そして、コルジールにはカジェ国と親交を深めて欲しくはなかった)
意図の内容の是非はどうであれ、大まかに言えばそういうことなのだろう。
晩餐会で毒を盛られたとカジェ国が思えば、コルジールとの国交は断絶だ。マルダスはそれを目的としていた可能性が高い。
「どうしたの?」
「いえ、そういえば先日アーシャがコルジールに来たときに色々あって」
そう言ってコルジールでの晩餐会の話を持ち出せば、アーシャはさすがに驚いた様子だった。
「それは穏やかではないわね。そう、毒……。事前に防げたことは喜ばしいけど、だからあの時ステラが忙しなくしてたのね」
「えぇ、あの時は代用のメニューを用意しなければならなかったから」
何やら難しい顔をしているアーシャ。無理もない。他国のみならず、自国、しかも自分の家族が傷つけられたかもしれないという危機感は、少なからず持つだろう。
「ということは、こちらは心置きなくマルダスの情報を提供できるということね」
「まだマルダスに関しては、真意がそこにあったかどうかは不明だけど」
「いえ、真意はさておき、こちらに毒牙をかけようとしたのは事実よ。それに対しての報復はさせていただくわ」
沸々と、静かにだが確かに怒りに燃えているのがよくわかる。普段は飄々として振舞っているが、こうして身内や身近な人間に被害を被った場合は容赦なかったことを思い出す。
(私に対して協力してくれることも、そういう情の部分だろうし)
「とりあえず、話が長くなっちゃったけど、明日はアルルのことよろしくね。変装も、侍女が朝イチにそちらの部屋に伺うからよろしく」
「わかったわ」
(どんな変装をさせられることやら……)
「明日まではお遊び。でも明後日から本格的に話し合うつもりだから、そのつもりで」
「えぇ、そのために来たのだから」
アーシャはにっこりと笑うと、そのまま席を立つ。そして「明日は寝坊しないようにね」と言うと颯爽と歩いて行ってしまった。
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