第34話 絵画講義

「ということで、アマリス皇女の絵の師としてついていただくことになった、クエリーシェル・ヴァンデッダ卿です」

「こんにちは、アマリス皇女」

「クエリーシェル様が絵の先生?」

「あぁ、そういうことだ。よろしく頼む」


まぁ、ここの間柄というのは、言わずもがなと言ったところだろうか。そもそも紹介せずとも、父の親友なのだから知らぬはずはないだろうし。


先程登城したときも、「何故お前が」「は、絵の教師だと?」「それなら私が教えたほうが手っ取り早いだろう」とちょっとした国王とのいざこざがあったが、それもどうにか収束させてアマリス皇女のところへ来た次第だ。


そもそもクエリーシェル曰く、私ほどではないが、国王もあまり絵は得意ではないらしい。王妃については絵の出来に関して未知だが、アマリス皇女が母親にお願いしないところを鑑みるに、期待薄と言ったところだろうか。


「では、私はお手紙の内容を読ませていただきますね。もう書かれてます?」

「はい」

「ありがとうございます。では、私は手紙の添削しているので、その間クエリーシェル様はアマリス皇女に絵のご指導よろしくお願いします」


リーシェはそう言って席を立つ。そして今度は残されたアマリス皇女とクエリーシェルが相対する。


「よろしくお願いします」

「あぁ、こちらこそ。なんだか、教えるというのはむず痒いな」


そう言いながらも、クエリーシェルは普段目にしやすい動植物をいくつか例題として出していく。


本来は、アルルへの手紙に書き添えの絵を描ければいいとのことだったのだが、ちょうど通りかかったメリンダ王妃から、ついでに絵の基本も教えてやってほしいと頼まれたのだ。


「おぉ、上手ではないか」

「そうですか?」

「あぁ、以前皇女の絵を見せてもらったことがあるが、あれからだいぶ上達していると思うぞ」

「……父ですね。もう、勝手にすぐ見せるんだから」


さすがに9歳ともなれば恥じらいが出てくるのだろう。それこそクエリーシェルとしては産まれたときから知っている存在ではあるが、普段接しないぶん、こうして相対すると急に彼女が大きくなったように感じ、子供の成長の早さに内心驚いていた。


「すまん、余計なことを言った。とりあえず、基礎はだいぶできていると思うから、あとは色とバランスくらいだろうか?そもそもアルル皇女に何を描くつもりなんだ?」

「絵を。こちらでしか咲かない花を見せたくて」

「それはいい。では、いくつか花を用意してもらおうか」


そして花を用意し、絵を描き始める。まずは輪郭とバランスを見ながら、と言いながらクエリーシェルも一緒に絵を描いてみる。


「ねぇ、クエリーシェル様」

「どうした?」

「リーシェ先生と結婚なさるの?」

「は?!」


不意打ちの攻撃に、思わず手元が狂う。思い切りはみ出してしまった線を、パンくずで消していく。


「何だ急に、藪から棒に」

「みんながそう噂しているから」

「みんなって、誰だ」

「お父様やお母様やメイドさん達や騎士さん達」


彼女の言葉では人数は把握できないが、どうせ子供の言う「みんな」なんて大したことないかと思いきや、まぁまぁ複数人が話していそうで、少し頭が痛くなった。


噂など慣れてはいるものの、こうもされているとなればリーシェの耳に入るのも時間の問題だ。というか、既にもう入っているかもしれないと内心焦る。


というか、はたから見たら私達は交際しているように見えるのだろうか。


そうだとしたら嬉しいが、ただ大体セットで行動しているからそのように思われるのか、私が女性といるのが珍しいと思われて、こうも広められているのかとクエリーシェルは疑問に思った。


(まぁ、冷やかしも含まれているだろうがな。特にクイードとかクイードとかクイードとか)


「でも、最近はリーシェ先生、よく男の方から声をかけられてるから、気をつけないと誰かに横取りされるかも、とも話してましたよ」

「ん?それはどこ情報だ」

「リーシェ先生とお母様とメイドさん達」


聞いたことのない情報に、手が止まる。


「声をかけられるとはどこでだと言っていた?」

「今やっている一般向けのカジェ国語講座で」


(それは、未婚者限定のカジェ国移民希望の奴らじゃないか……!)


言われて、考えてみたら未婚で婚姻希望者で、他国の令嬢もいけると言うことならば、若くて見目も悪くないリーシェが声をかけられるのは必然だった。


私としたことが、うっかり失念していた、と密かに絶望する。


(というか、アマリス皇女はどれだけ色々なことを知っているのだ)


これくらいの年頃の少女が大人の話に興味津々であることなど知る由もないクエリーシェルにとって、女とは幼くとも女なのだな、ということを実感させるには十分だった。


(リーシェが来たら色々と確認せねば)


最近話す機会が少なかったことを思い出し、後悔する。もし気になるやつができていたら。こんな年寄りよりも年が近く、顔もよいやつなどごまんといるのだから可能性はなくはない。


アマリスの絵の指導そっちのけで、リーシェのことで頭がいっぱいになるクエリーシェル。


リーシェが手紙の添削を終え、部屋に戻ってきたときクエリーシェルに詰め寄られたリーシェは、それはそれは驚くのだった。

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