第33話 得手不得手

「絵が上手い人、かぁ……」

「えぇ、ご存知ですか?もちろん、後ろ盾がしっかりしてて王城に出入りできて、皇女と会っても問題ない人限定で」

「……それを考えるとかなり限られてくるな」

「ですよねー。でも、絵自体はそこまで上手すぎなくても、教えられさえすればいいんだと思いますが」


私とクエリーシェル、2人で茶を啜りながら、うーんうーんと候補者のあてを考える。


「ちなみに、リーシェ。絵が下手というのはどれほどなのか」

「え、見ます?」


そう言って、クエリーシェルが見つめる中、リーシェはさらさらとその辺にあった不要書類の裏側にペンを走らせる。


ウサギを描いたつもりだが、明らかに耳らしきものと顔のバランスは崩れ、さらに胴体部分はもうしっちゃかめっちゃかで、異形の生物と化した物体が紙上に現れた。


「え、と、これで完成か?」

「完成です」

「冗談ではなく」

「えぇ、ちなみに何に見えます?」


恐らく、子供の落書きのほうがまだ理解できそうだと思われる物体を前に、クエリーシェルが苦悶の表情で睨みつけるようにその謎の物体を凝視した。


「乗り物か、食べ物か?」

「生き物です」

「生き物だ、と……!?」


改めて見るが、どこからどう見ても生き物には見えないそのフォルムに、クエリーシェルは自分の目がおかしくなったのかと疑ってしまうほどだった。


「すまん、降参だ。正解は?」

「ウサギです」

「ウサギ!?」


え、え、と譫言うわごとのようにウサギを呟きながら、また紙と睨めっこをし始めるクエリーシェル。何度見たところで変わり映えしないその出来は、誰もがお手上げ状態になるのも頷ける結果だということの証左になっただろう。


「真剣に描いて、この出来か」

「えぇ、まぁ」

「リーシェの弱点だな」

「まぁ、そう言われるとそうですね」


とは言え、絵を描く機会など生きていく上で画家にでもならない限り早々ないだろう。今まで生きていく上で絵が描けなかったからと言って、それほど不自由したことはない。


まぁ、ここまで不出来過ぎると、ある意味誰も求めなくなるというのが実情だろうが。


強いて不便を感じると言われれば、バカにされることくらいだろうか。以前、他国で暇つぶしに描いた絵を見られてことごとくバカにされたことを思い出す。


(そういえば、あれって確か今度訪れるサハリのブランシェ皇子だったか)


人を小馬鹿にした態度のイケ好かない顔を思い出して、昔のことながら思い出すとやはり腹は立つ。


(そういえば、あのときは腕にものを言わせて、こてんぱんにのしてしまったのだったっけ)


今の今まですっかり忘れていた出来事だったが、そういえばそうだった。告げ口されると思ったが、さすがに姫に泣かされたとなっては面目が立たないとのことか、特にお咎めもなく済んだのは良かったのだが。


(行く前に、思い出したくないことを思い出してしまった)


考えてみたら、確か姉とそう年齢は変わらなかったはず。下手に代替わりしていたら、相対するのは皇子自身だ。


(嫌だなぁ)


何となく嫌な気持ちになってしまって、気持ちを切り替えるために、「そうは言いますけど、ならケリー様はどうなんです?」とクエリーシェルに話を振る。


するとクエリーシェルはまんざらでもなさそうに筆を持つと、私のウサギの隣にサラサラと何かを描き出した。凛々しい顔、しなやかな曲線、何でもなさそうな顔をしながら描き上げたのは、今にも紙上を走り出しそうな馬だった。


(うっま……っ!って馬だけに?って何を私は言ってるんだ)


口に出さずに良かったと勝手に脳内トークを繰り広げながら、その馬をしげしげと見つめる。


「何だと思う?」

「馬、ですね」

「どうだ?」

「いや、想定よりも遥かに上手くて驚いてます」

「そうだろう。まぁ、そこそこに絵は描けるのだ」


ふふんと自慢気な表情に、「子供か!」と突っ込みたくなる気持ちを抑えながらしげしげと絵を再びよく見る。そしてあることに気づいた。


「なら、アマリス皇女の絵の師の件はケリー様でいいじゃないですか」

「ん?あぁ、それもそうだな」


何だったんだ、この茶葉劇は、と思いながらも、なんだかんだ一緒にいる機会が増えたことは嬉しい。ここのところすれ違いだったのでなおさらだ。


「では、今度の講義の際は一緒に登城よろしくお願いします」

「あぁ、承知した」


これで1つ課題は終えた、とホッとしながら、少し冷めてしまった茶を飲み干すのだった。

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