第51話 友達

「リーシェ様、この度はご配慮いただき、どうもありがとうございます!」


ロゼット嬢が頭を深々と頭を下げる。服装も今まで着ていたようなドレスではなく、簡易なドレスである。本人に抵抗はなかったのだろうか、とリーシェは勝手に心中を推し量ってしまう。


「あ、様いらないです。あのとき舞踏会にいたのも、誰かさんの保護者要員として行っただけですので。そもそも私はただのメイドですから、あくまで助言しただけの身。感謝はケリー様にしていただければと」


感謝を言われ慣れていないので、そのままクエリーシェルに振れば、ロゼットはすぐさま彼に向き直り、深々と頭を下げた。


「クエリーシェル様、どうもありがとうございます!」

「あ、あぁ、だが身請けと言っても使用人としてなのだが、構わないだろうか?」

「もちろんです!もう既に一通りお聞きしてからお受けしておりますし、とてもありがたい申し出でございました。このような身の上になってしまって、どこへ行っても腫れ物扱いでしたので」


確かに、以前見かけたときよりもやつれている気がする。


無理もない、聞くに姉の嫁ぎ先へと赴いていたものの、やはり醜聞は尽きなかったようだ。姉の肩身も狭かったと聞くからそこから離れてホッとした、というのが現状だろうか。


「あ、それと誤解なさらないでいただきたいのですが。私、クエリーシェル様のことお慕いしていると思っていたのですが、その、あんまり殿方に優しくされたことがなかったので、それでちょっとときめいたというか、何というか。ですから、お2人のお邪魔は致しませんのでお気になさらないでください!!」


(一体この子は何を吹き込まれたのだろうか)


別にクエリーシェルとはそんなんでもなんでもないのに、と思いながら彼を見るとなぜか狼狽している。


本当、いつになったら彼はこういう事案に免疫を持つのだろうか。こういうのは適当に受け流すのが良いと心得ているので、敢えて何も追求しなかった。


「では業務に入りますので、ケリー様は執務にお戻りになっていただければと」

「あ、あぁ、わかった。何かあれば言えよ?ロゼット、今後もよろしく頼む」

「はい、全力で頑張ります!」


(一生懸命ね)


年は私よりも3つ上だと聞いているが、こうも純粋であると勝手に心配になってしまう。こういうところは姉さんに似ているのかもしれない。


(姉さんに似てるから、気になってしまったのかしら)


どうにも同じ境遇の彼女が気掛かりになってしまって、大きなお世話ながら身請けしたいと申し出た。


だが、正直自分でもなぜそのようなことを言ったか、あまり自身でもはっきりとした理由があったわけではなかった。


国王には当たり障りない理由を言ったが、あれが本意かと問われると、正直微妙なところである。


「掃除や手入れなどは一通り教えますので、分からなかったらおっしゃってください」

「はい、わかりました」

「必要なものがあれば逐一言っていただければ用意しますし、お給金もお出ししますのでそれでお買い上げいただければと」

「はい、わかりました」


(本当にわかってるかしら、まぁ最初で慣れないことだものね)


必死さは伝わる。彼女はここ以外行くところがないというのは私と同じだ。だからこそ今までお嬢様として過ごしていた過去を捨て、自ら働くということを選んだのだろう。


であれば、できる限り彼女が自立できるように促すのが今、私ができる最大限のことである。


「では、まず一通りのことをお教え致しますね。……ケリー様、気が散りますので密かに見てないで、早く執務室へ行っていただけると助かるのですが」

「あ、あぁ、すまない。つい、気になってしまってな。わかった、席を外そう」


そう言って、視界端でコソコソ隠れていたクエリーシェルはどこかへ行く。相変わらずの心配性なのか、過保護なのか。


「クエリーシェル様ってあんな方なんですね」

「見た目とは違って可愛らしい方ですよ」


(テディベアのような愛玩マスコット化しています、と言うのは失礼にあたるだろうか。あたるだろうな)


「まぁ!ふふふ、本当に仲がよろしいんですね。私とお会いしたときはもっとキリッとした方だと思っていましたが、リーシェさんには心を許しておいでなんですね」

「どうなんですかね?あまり考えたことはありませんでしたが、確かに一緒にいてお互いに気を張ることはないかもしれないですね。……それに、ご内密ですが、クエリーシェル様は男性もイケるようなので」


後半をわざとこっそりと話せば、ロゼットは顔を赤らめる。こういう部類の話は免疫がなかったのだろうか。


「え!あら!まぁ!そうなんですか!それはまぁ」

「これはトップシークレットですよ」

「えぇ、えぇ、もちろん心得ております。ふふ、秘密って素敵ですね。そう、まぁ、あのお方が」


案外ノリノリな彼女にホッとする。意外にこういう話はイケる口らしい。


「そうそう、大事なことを忘れてました。あの、リーシェさん、不躾なお願いだとは思いますが」

「?なんでしょうか」

「わ、私とお友達になっていただけないでしょうか?!」

「友達、ですか」


(考えてみたら、私に友人なんていたかしら)


思い浮かぶのはアーシャの顔くらいで、同世代の友人らしき友人はいなかった気がする。


「やはりダメでしょうか?」


途端にシュンとするロゼット。なんだこの可愛らしい少女は。


「いえ!そうではなくて。えぇ、もちろん構いませんよ。私とロゼットさんはお友達ですね。よろしくお願いします」

「嬉しい!こちらこそよろしくお願いします」


(初めてできた友達)


なんだかちょっと嬉しくて口元が弛む。


(いけないいけない、まずは仕事をしないと。でも、仕事が終わったら色々とお話できたらいいな)


そしてリーシェは気持ちを切り替えると、今後の部屋割りや日常の業務、普段のクエリーシェルのスケジュールなどをロゼットに一通り教えるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る